読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

○ 楽ゆる式

整体の眼でみた世界。こころとからだが、楽にゆるむコツまとめ。心体脳の能力を最大に。

●不幸を防ぐ最適な方法2 (具体)


『不幸を防ぐ最適な方法』

第二段です。


今回は、相当、具体的です。

前回迷ってバッサリカットしてた部分に手を加えて、復活させました。

受け止めてもらえたら、かなり役に立つはずです。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■No.43
 「ココロのビタミン: 不幸を防ぐ最適な方法2」
 〜病も健康も気から。ココロとの付き合い方を学ぶ〜
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 今日のポイント:
 『幻滅って、悪いことじゃありません』
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

こんにちは。
永井@トータルリチューニング です。


「無理してポジティブになろうとしなくてOKですよ」


という記事を書いてから、
「プラス思考じゃなくてもいいんですね!ほっとしました」
というメッセージ、たくたんもらいました。

(参考記事: http://ameblo.jp/health-harmony/entry-10389391304.html


やっぱり、
こういう間違った、「ねばならない」は、
たくさんのヒトを悩ませているんですね・・・。

(自分もそうでしたが)


改めて思いました。

ひとつでも多くの
『自分を苦しめる誤解』をほどいていきましょう。
ほんとうに。

「しなくてもいいココロの苦労」を
しちゃってるケースが、本当に多いですから。
(特に、首・肩にコリのある患者さんはそう)


あなたも、
「不要なこだわり」は、大掃除しちゃってくださいね。


今日も、そんなテーマで行きます。



● そもそも、不幸って何で感じるの?
--------------------------------------------------

いきなりですが、

不幸って、どんなときに感じますか?


こんな根本から、た〜〜〜んじゅんに、見直しましょう。


 □ 買いたいものが買えない?
 
 □ 大切なヒトと気持ちや考えが通じ合わない?

 □ 自由にならないことが多い?(仕事、人間関係、生活)

 □ 思い通りに行かないことが多い?(不景気、自分の能力?とか)

 □ 健康が失われてしまう?(新型インフルエンザとか?)


・・・はい。

まぁ、他にもたくさんあるとは思いますが、

↑みたいなことについて・・・


「オラ、一回も感じたことねえだ」

という方は、少ないと思います。



でも、面白いことに。

↑のことがぜんぜん満たされてなくても、

不幸じゃないどころか、幸せに生きているヒトもいます。


買いたいものなんて買えなくて、家族とのコミュニケーションにも
努力が必要で仕事も生活も思い通りにいかなくて、不景気のあおりとか
能力とか関係なく低賃金の仕事しかなく、健康にも不安はある・・・ニンさん。

というタイ人の女の子がいましたが、
彼女は、パワフルでよく笑い、ものすごく幸せそうでした。


なぜでしょう?




● 不幸の条件の、根底にあるもの
--------------------------------------------------


1つの極端な答えです。

でも、知るのは有効だと思います。



不幸の根本原因。

それは・・・


『期待』


です。



期待するから、そぐわないときに、つらいんです。


これに当てはまらないことって、

実はそんなにありません。


たとえば・・・


● 不幸の条件を検証してみましょう
--------------------------------------------------

□ 買いたいものが買えない?

 という不幸感の裏には、
 「ある程度、買いたいものは買えるのが普通なはず!」
 という期待があります。

 なければ、不幸なんて感じない。
 
 写真家を目指すことが最優先で、他は超節約家の友人は、
 「ハイビジョンじゃないの?もったいない!」と何度E.YAZAWAに
 言われても、微動だにせず、インターネットでラジオを聴いてるわけです。


□ 大切なヒトと気持ちや考えが通じ合わない?

 という不幸感の裏には、
 「大切なヒトとなんだから、通じ合えるのが当たり前なはず!」
 という期待があります。

 「本当に近い関係で深く付き合うからこそ、
  いろんな違いが目立つのは当たり前」

 と思っていたら、これで不幸を感じることは中々ありません。


□ 自由にならないことが多い?(仕事、人間関係、生活)

 という不幸感は、実は少し傲慢です。
 「仕事でも人間関係でも生活でも、自由にできる権利と能力があるはず!」
 という期待が、前提にあります。

 こんなことに不幸を感じること自体、
 ものすごい贅沢です。

 時代が時代なら、「どっかの王子様か!」と
 突っ込まれてグーの音も出ません。



・・・というように、
「不幸感」のカゲには必ず、『期待』が潜んでいます。

特に、『過剰で身の丈を超えた期待』が。


要は、

『期待』と『現実』が違うから、苦しいのです。


ここまでは、
けっこう納得できるんじゃないでしょうか?


ただ・・・

「まぁ、でも、じゃあ、
 期待を一切しなけりゃいいってこと?
 それ、無理じゃね?」

と、感じるかもしれません。


この問題、どうしたらいいのでしょうか?



● どんどん幻滅しましょう、とあなたにオススメしたい。
--------------------------------------------------

私が提案したいのは、『幻滅』です。

正しい、幻滅です。

いらん幻想を捨てる、ということです。


「すべての期待を捨てろ!」なんてことは、言いません。
仏さんでもないですしね。


だから、
『特に有害な期待(幻想)』を捨てましょう。
これが、とてもオススメです。



『有害な期待』。

なんかすごいコトバですが(笑)、
これは、ものを売るために、知らず知らずのうちに
僕らに植え付けられている、不幸のモトみたいなものです。


代表例を紹介します。



● 幻滅すべき、有害な期待の代表例 と幻滅法
--------------------------------------------------


あなたは、当てはまるものがないかもしれません。

ただ、期待が不幸をどんな風に呼んでしまうか、
というサンプルとしても、見ておきましょう。



 ●「親しいヒトは、言葉にしなくても
   自分のことをわかってくれるはず」

 →(リスク)
  『相手に思い通りに振る舞って欲しい』というエゴが
  大きくなり、GAPに苦しみます。相手にも、不当な怒りをぶつけてしまいがち
  になり、関係が悪化します。愛ではなくなります。

 ⇒(幻滅法)
  全く違う人間なのだから、考え方も好みも愛し方も違って当たり前。
  受け取り方も、伝え方さえも違うのだから、伝えないと理解されないのは
  自然なことと考えてみましょう。
 
  逆に、自分が同じように、相手が言葉にしていないことも
  本当にわかっているかなんて、わかりようがない。

  「お互い、ホントの深いところまで理解できてないかもしれない」
  という気持ち(慎重さ)があるほうが、
  『だからこそ、ちゃんと見て、ちゃんと聞いて、全力で理解しよう』
  という態度と能力を育ててくれます。

  男女なんて特に、別の種族の面白い宇宙人同士だと
  思っていたほうが良いぐらいのようです。
  (どっちが良い・悪い・変ではなく、シンプルに別物、ということ)
 
  それはわかってくれることを期待するよりも、よほど深い
  優しさで相手にも伝わり、関係を必ず豊かなものにしてくれます。
  
  「みんなちがって、みんないい」ってやつですね。
  (@かねこみすず さん)


 ●「自分には、生まれながらにして価値がある。
   それは、誰にも否定できないし、認められるべき」

 →(リスク)
  『思い通りに大切にされないこと』が理不尽に思えてしまい、
  気づかないうちに、極度に我がままだったり、許せないことが増えてしまいます。
  条件なしでは大切にされない場(代表例は、会社、社会)に適応しにくくなります。

 ⇒(幻滅法)
  『生まれながらの価値』は間違いなくあります。
  それはただ、他のすべての人にも、同じようにあります。
  その時点でみんな対等です。

  だから、本当は誰も誰かを特別扱いする必要はありません(自然な敬意は○として)。
  逆に言うと、誰かに特別扱いを期待することも、不自然なことです。
  (誰もが特別なわけですから)
 
  本来、唯一、特別扱いを期待していいはずの(自然な)相手は、両親、家族です。
  もっとも価値を知り、認めてくれるはずの存在です。
  (残念ながら、そこに問題があるケースも多々ありますが)

  ただ、自立した後(社会で)は、特別扱いを期待してしまうのは、プラスを生みません。
  期待するのではなく、特別な価値を生み出す人になったり、誰かにとって
  特別に大切な存在になることを『実際に』目指すのはプラスでしょう。

  『【結果的に】、特別扱いをされる』ことも出てくるでしょう。


 ●「何かしらの条件をクリアしたら、幸せになれるはず。
   (条件をクリアしなければ、幸せにはなれない)」

 →(リスク)
  幸せになるために、色々な努力をするヒトたちがいます。
  その努力自体はもちろん、悪いことではありません。
 
  ただ、『それがなければ幸せになれない』という重さを持ってくると、
  足かせになります。つまり、裏を返せば、
  『それを得ていない今の自分は不幸である』というメッセージを
  自分自身にすり込み続けることになります。

 ⇒(幻滅法)
  今手に入る範囲の中でも、幸せを味わう権利も能力も機会も
  探せばきちんとあるはずです。何も、さとったりあきらめたりする
  必要はありません。

  『好きなことや大事なことを、いつも以上に丁寧に味わってみる、観察してみる』
  だけでも、ヒトは意外なほど幸せを感じたり、充実したりするものです。
  『いつもと違った形で味わってみる』のも、手ですね。

  (例): 好きなプリンを、テレビも消して全集中して食べてみる(笑)(集中)
  (例): 暗闇風呂を楽しむ (視覚以外の五感で味わってみる)
  (例): 欲しいものがなくても、目的を達成する工夫を考えてみる(企画自体を楽しむ)
  (例): 聞いてみたことがなかった昔話を、身近な人に聞いてみる
  (例): 自分の武器を書き並べてみて、その磨き方を考えてみる
  (例): 自分の弱点と思うところを書き並べてみて、そのフォロー方法を考えてみる

  もちろん、先の目標をあきらめる必要はありません。
  ただ、『何かを絶対だと思う不健康』から抜け出せたら、それで十分です。
  『理想への強すぎる期待』ほど、私たちを不自由にするものは珍しいですから。 



こういった、幻滅。

現実・・・というよりも、「自然」を知って、
「不自然を信じるのをやめる」。

そうすることで不幸を止める。


これ、意外なほど、幸福への近道だと思うんですが、
いかがでしょうか?




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ まとめ と 提案
 〜 あなたの実力・魅力アップのための、具体策 〜
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ●何かにハラが立ったり、嫌な感情におそわれた、という体験を思い出して、
  「そのウラに、自分の(強すぎた)期待が含まれていないか?」
  を見直してみましょう。あなた自身が、その体験から自由になるために。

 ●『期待』でなく『現実的な見通しと計画と準備』をもって。
  未来を『待つ』よりも、『手を加えて少ーしずつ作っていく』
  という感覚を大切にしましょう。

 ●周りのヒトが、どんな期待を抱いていて、そのために何を
  犠牲にしてしまっているかを観察するのも、とても勉強になります。

  そしてそれは、直接指摘するのはとても難しい(かつなかなか有効に働かない)
  ものですが、本気で助けになろうと思ったときに、必ず役に立ちます。



_____▼ 今日のフルパワー発揮ポイント▼_____

│●理想よりも、現実のほうが本当は優しくて付き合いやすい

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


───────────────────────────────
編集後記:
 ■ ゴスロリなお友達
───────────────────────────────

 嫁が最近、英語の勉強をしています。

 そして、
 外国人の友達をちょくちょく連れてきたりします。

 
 それも、

 日本好き・・・

 というより、日本文化好き・・・

 というよりは、コスプレ好き(笑)なアメリカ人の女の子です。


 文化服装学園で、服のデザインを学んでいます。
 ゴスロリデザイナー志望です。
 (たぶん、コスプレと呼ぶと、叱られます(笑))
 
 彼女自身は、人柄もよく、最近の若い日本人よりよほど
 日本人らしく、丁寧で謙遜し、気配りが上手です。
 ただ、服から靴まで、全ピンクです(笑)

 
 いや、彼女はとても素晴らしいんです。
 人格も、努力の姿勢も。頭が下がるぐらいです。


 僕が面白いなぁ、と思うのは、
 「日本って、すっかりそんなイメージで伝わってるよなぁ」 
 という点です。

 
 自分がアメリカ、アジア、イタリアに行ったとき、
 カナダに留学していたとき、すごく好きだった遊びが、

 『そこにある、伝わっている日本探し』です。


 でも、かなり共通していて、
 やっぱり、ニンジャ、ゲイシャ、カンジ、サムライ、マンガ、オタク・・・
 みたいなところなんですよね(涙)

 しかも本質は置き去りで・・・
 
 「タカシ、シュリケン見せてクダサイ」
 「タカシ、セップク、やってみてホシイ」
 「タカシ、おまえ、旅行中だかラって、なんでマゲやってない?(責める口調で)」

 みたいな状況でした(笑)

 ちょんまげは現代ではもう誰もやってないんだ! とか、
 切腹なんて一回やったら死んじゃうだろ! とか
 言っても、というか、しっくりいかないようでした。
 (せめて切腹の件は、納得して欲しいのに)

 
 自分も日本人の一人として、
 何をコンテンツに、何を発信していくのか。
 
 面白いところのつまみ食いだけじゃなく、
 いかに本当に役に立つ、ちゃんとした情報・サービスを
 提供していけるのか。

 
 少しずつでも、本質に近づけていきたいですね。