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○ 楽ゆる式

整体の眼でみた世界。こころとからだが、楽にゆるむコツまとめ。心体脳の能力を最大に。

【楽.242】生まれた時点からもう、1人のカラダじゃない

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おかげさまで僕も34ですが、整体業界では「駆け出し」です。
でも先日、目からウロコどころか眼球ごと落ちそうなことを
言われました。

 


 
ここ1年ぐらい通ってくれてるお客さんなんですけど、
施術が終わったあとに、ポロっと。
 
「永井先生が若い人で良かったですわー」って。
 
・・・え?
 
すぐには意味、わかりませんでした。
 
僕はどっかで、脱サラした上にまだまだ若い自分が、
後ろめたかったのかもしれません。
 
理由が、すげえ氣になって・・・
 
『あれ、ほんとスか? 
 あんまり言われないことですけど・・・
 どうしてですか?』
 
そしたら、そのダンディーなおじさんは、
なんとも優しい顔で――
 
「僕より多分、長生きするでしょ?
 そしたら、ずっと診てもらえるからね」
 
・・・
 
僕、ちょっと答えに詰まって、
鼻の奥がツーンと痛かった。
 
もっともっと誠実に、技術や人格を磨きたい。
「ガンでも何でもどんとこい」ぐらいに。
そう思いました。
 
そしてすぐそのあと、
「僕がまず健康でい続けないといけない」って、
今までになかった強さで、感じたんです。
 
 
よく結婚したり子どもができたりすると、
「もう1人のカラダじゃないんだから」
って言いますよね。
 
でもほんとは、
もっともっと早い段階から、
「そう」なのかもしれない。
 
仕事でもそうだし、
友達から見ても実はそうかもしれないし、
家族ができた時点で、もちろん、そう。
 
で、実は、この「家族ができた時点」って、
結婚したときじゃなく、
0歳で生まれてきたそのときで・・・
  
「誰かの子どもとして生まれた時点」でもう、
1人のカラダじゃないんじゃないか。 
生まれつきそうなんじゃないかと思ったわけです。
 
 
「あの人がいないと悲しいし、困る」
 
――ふと、そう感じる相手を考えたら、
家族や友達はもちろん、お客さん、はては
近所のコンビニのレジのおばあちゃんの顔まで
浮かんできたりするんですよね。
 
なにやら全盛期の槇原敬之みたいなこと
言っちゃってますが(笑)
 
あのおばあちゃん(予想ではトヨさん)は、
僕がひそかに大事に思ってることなんて
想像もしてないはずですよね。
 
トヨさん(仮)の血の通った「いらっしゃいませ」とか
コンビニらしからぬ「お気をつけて」の優しさに
癒されていることも、トヨばあちゃんがいるから
他のコンビニににあまりいかないことも・・・
 
それどころか、
僕のこと自体、知らない可能性が高い。
 
でも、僕からしたら、トヨさんは、
「あの人がいないと悲しいし、困る」。
(新しいタイプの片想いか(笑))
 
ただ、そんな風に、
家族や友人、同僚みたいに「確かなつながり」
じゃなくても、知らない人にとって、いつの間にか
大事な存在になっていることさえある。
 
・・・と、思うんです。
 
キレイごとでも、ロマンでもなく、
事実として、誰にでもあることだと。
  
そしたらいっそう、誰もが、
「生まれた時点からもう、1人のカラダじゃない」
と思えてくるし。
 
それは大げさでなく、
「生存を望まれてる」ってことで、
こんなにも枯れにくいモチベーションって、
他にどこ探してもないぐらいじゃないかなー。
(ミスチルの「東京」を思い出します)
  
 
「誰かのためにも健康でいる」って、
きっと、とてもいいバランスの自己愛だと
思うんですよねー
(写真は、嫁がこさえてくれたホットサンドです)