楽ゆる式◎セルフケア整体

心と体が楽にゆるむコツまとめ。辛い症状や病気を自分で治したい人のヒント。

「不信という呪い」から抜け出す、一歩目。

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今回は、
「不信から抜け出ることが、回復の要になるんだぜ」
というお話です。

 
前回のコラムが、とても好評でした。


この要点をいってしまえば……

「きっとうまくいく」という「信じ方」は危うい。
条件つきで、実は疑いがベースで、
能力も発揮されない。

それよりも、
「うまくいかなくても大丈夫」という「信じ方」は、
条件でなく、人そのものへの信頼がベースで、
愛に近く、能力も発揮されやすい。

後者の信じ方をするには、どうしたらいいか。

……ということを書きました。


なぜ、それを文章にしたかったか。

「不信に囚われて病気を悪化させる人」が
たくさんいるからです。

この「不信」が怖いのは、
本人だけの問題ではないということ。

周りの家族や仲のよい仲間が、
極端にいえば、その「悪意のない呪い」ともいえる
負のスパイラルをあと押しすることも多いのです。

■「不信」に囚われてしまった女の子


まだ9歳の女の子が、うちの整体に来たことがあります。

「この子は、特に頭痛がひどいんです、
 いつも姿勢が悪いし、落ち着きがないし……」

険しい顔で、一緒に来たお母さんが、早口で説明します。
その間、当の女の子は、気まずそうにうつむいて、
じっとしている。

ぼくが、どんなときに、痛くなるの? と聞くと、
「授業中に痛くなるんです!」とすごい速度で、
お母さんのほうが、応える。

本人にも詳しく聞いていいですか?
とお母さんを止めて、
ぜんぶの授業のときに、痛くなるの? と本人に聞いていくと、
どうも、苦手な社会の授業のときに痛いらしい。
家でも痛いことがあるし、たった今も、痛い……。

痛すぎて保健室に行くこともあり、
先生も心配しているので、お母さんに連絡が来ることも
よくある。

でも、それ以外のときは痛くないし、
一人で遊んでいるときも大丈夫だ、と。

■「許されていない体」は、こわばるしかない


そんな会話の途中も、お母さんは
「姿勢をよくしなさい!」なんて言って、
その子の背中を押したり、ワキに手を入れて
背すじを無理やり伸ばしたりしている。

イライラと、せわしなく。
そのたび、女の子の表情は暗くなり、
元気がなくなっていくわけです。


……ポイントだけかいつまんで書いてますが、
ここまでできっと、何がおかしいのか、
もう見えてくる話じゃないでしょうか。

お母さんが、その子を「許していない」んです。
もちろん、もとは心配から始まったことでしょう。

でもどこからか、
この子の「よくない状態」を異常と考えて、
「嫌がってしまっている」わけです。

「背骨がひどく歪んでいるはずだし、
 自律神経がよくないのだから、
 先生に診てもらいたくて……」と。

決めつけてしまっている。

でもね、
子どもは、落ち込んだだけで、姿勢が崩れます。

頭痛なんてない子のほうが多いですが、その子たちも
姿勢がいいわけではありません。

背骨のひどい歪みや自律神経の問題であれば、
「痛くない時間」がそんなに長いのも、不自然ですよね。

そう……誤解の「刷り込み」なんです。
その子も、
「姿勢をよくしないと、お母さんが嫌がる」
自分で自分をイヤだと思い続けている。

いったんお母さんに離れてもらって、
静かにポツポツと話を聞きながら施術をします。
こわばりはたしかに、ある。
でも根が深いものではなく、やさしくタッチしていけば
すぐほどけるぐらいのものです。

10分ぐらいしたら、もう頭痛はなくなっていました。


ぼくはお母さんに、↑のような全体像を伝えました。

こわばりがあった後頭部もゆるんでいましたが、
お母さんの思う「いい姿勢」にさせると、
すぐに硬くなる。それを、
一緒に触ってたしかめます。

これが繰り返されると、硬さが定着して、
頭痛になるわけです。
緊張しちゃうから、呼吸も浅くなりますしね。

プレッシャーの問題です。

もちろん悪気はないけれど、
無意識にプレシャーを与えてしまっていたのは、
お母さんでした。

その事実を「体で確認」できたあと、
あと1回だけ整体に来ましたが、
もう頭痛はほとんどなくなったそうです。

■あなたの中にいる「子ども」を、解き放つために


このケースは、特殊だと感じますか?

ぼくの院には、
小学生、中学生の子たちが来ることもあります。
そのだいたい8割ものケースで、
お父さん・お母さんとの間に、何かしらの原因があります。


そしてこれは、
本人が大人になっても、起こることなんです。
あなたにも、ぼくにも、まだ、
内側に子どもが住んでいますからね。

「大人として管理している側の自分」が、
「子どものように弱っている自分」を許せないとき、
同じ悲劇が起きる。

症状が嫌だという気持ちが強すぎて、
「その症状がいつまでもよくならない自分」を
許せず、責めてしまう。
責め続けてしまう。

まわりにも、
本人を安心させようとするよりも、
つい深刻に構えて、心配ばかりする人が現れる。
(ちなみにその人も、自分の中の子どもを許せていません)

「私が悪いんだ」と思い過ぎて、
自分の体や心の力に「不信」を投げ続けて、
まわりからの心配もどんどん深刻になり、
プレッシャーや焦りはますます強く、
かえって体はこわばり、悪化していく……

そういう負のスパイラルが、あるんです。


なんとしてでも、これ、止めましょう。


誤解ですしね。
ぜひ、改めて、覚えておいて下さい。


●症状は、体や精神がおかしいからだ、
 「自分のせいだ」というのは、誤解です。

→メインなのは、環境と習慣の問題です。
 症状は異常ではなく、正常だから感じられる「お知らせアラーム」です。
 「あなたのせい」でも「この体のせい」でもなく、
 むしろ、「正常に頑張っているおかげ」のものです。
 状態が悪いのに症状を感じない(マヒ)のほうが、よほど問題です。


●症状は「間違い」さえ正せば、すぐよくなるはずだ、
 というのも誤解です。

→蓄積があって症状が出ます。
 だから、魔法を期待し過ぎるのは、やめましょう。
 焦りはこわばりを生み、回復をジャマします。
 気長に取り組むこと。田植えみたいなもんです。
 急がないほうが、かえって、早い。
 体質が根っからよくなるときの変化は、ジワジワ起きます。


●「いい姿勢」「いい健康法」を強制するのも、逆効果の誤解です。

→リキみがあるなら、血流が悪化して、状態は落ちます。
 ぼくもブログやYoutubeで紹介していますが、
 「あなたが脱力してやれるもの」のほうに、希望と効果があります。


●「改善例」がネットで探せないから、相当ひどいんだ、
 と考えるのも、誤解です。

→大前提として、よくなった話を書き込みやすい場所は多くありません。
 悩みや問題を扱う場所のほうが多く、ネガティブよりの情報に
 偏りがちです。よい事例を現場で直接知っている人の話を、
 ちゃんと聞きに行きましょう。


●大切な人を心配するのはいいことだ、というのも、
 誤解です。

→それが重荷になるケースが多々あります。
 周りの落ち着きが本人の落ち着きを呼びますし、逆も同じです。
 本人の力を信じている人は、過剰な干渉をしません。
 心配と不信は、コインの裏表です。
 それが相手のためになるかどうかを、慎重にチェックしましょう。 


●事故があったから、手術があったから、性格に問題があるから、
 強い薬で変になったから、遺伝があるから、トラウマがあるから、
 ……「取り返しがつかない」というのも、誤解です。

→「あらゆるすべての症状が100%それのせい」という
 ことはありえません。50%でも20%でも、
 楽を広げていく余地、突破口はあります。
 取り返しが実はつくものもあるし、
 取り返さなくても構わないものも、本当はたくさんあります。
 

つまり、

「すぐ結果が出るとは限らないけど、
 無理なく、できることは必ずある」

これが正解だと思うんです。

だって、どんなにひどい病気のひとでも、ほとんどの場合、
「全体をちゃんと比べたら、
 正常に機能している部分のほうが圧倒的に多い」
わけですからね、生きている以上は。

「病気を治し切るには、今、余力がない」というだけで。

■タネをまき、水をまく。


「ファンタジーだ」「夢想家だ」「理想論だ」
とけっこう強めに言われることもありますが(笑)、
ぼくが根拠です。

ぼくが元気で仕事をしていられるのは、

「もうあきらめなさい」と言われても、ぼく自身の心身が
改善したからですし、
「もうあきらめなさい」と言われていた患者さんたちにも
改善の余地が必ずあったからです。
その回復に、昨日も今日も明日も、立ち会い続けているからです。

そうでないと、この仕事、続けてられないですからね。


変な話、UFOとか宇宙人とか霊とかと一緒でね。
いる証拠もないけど、いない証拠もないわけで、
確率なんて、一緒なんですよ。
わかんないんだから。

よくも悪くも、わかんないんです。
だから、どっちを採用してもいい。
そう、「採用」の問題なんですよねぇ、これ……
 
だったら、不信のワナを、抜け出しましょう。
消さなくていいから。
そこにまだ、ぬぐいがたく、置いてあってもいいから。
 

まずは↑に書いたような「誤解」をとくこと。
正確なほうを、覚え直してみる。

そして、
「自分の中に今もいる子ども」を脅かすのを減らして、
「この子を上手にあやす工夫をしていこう」と
思えたら、それが何よりのスタートです。

重荷が減ったら、軽くなるし、
早く歩けるの、当たり前ですもんね。
 

最後に……まとめます。
 
信じるものは、信じた方向に、すくわれる。

何を信じるかは「採用」の問題だから、
ほんとうは、選べる。

すぐには信じるのが難しくても、大丈夫。
信じられる材料は、自分で少しずつ、作っていける。

それには、
無理のない、日々のルーティンが何より役に立ちます。

ぼくは、その「タネ」を配りたいから、
今日もせっせとブログや本を書き、
Youtubeに動画を上げています。


何から始めていいかわからない人は、
これから、試してみて下さい。

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いいタネ、まいていきましょう。
乾く前に、水、あげましょう。

できるだけ、混じりっけが少ない、水を。
まだ芽が出ていなくても、淡々と。
 
その小さな祈りのような継続こそが、
たぶん、信じるという行為なんでしょう。