楽ゆる式◎セルフケア整体

心と体が楽にゆるむコツまとめ。辛い症状や病気を自分で治したい人のヒント。

殺意的なストレスが、解消を越えて肥やしになったお話 ~過去を昇華する方法例~

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殺意を抱くほどのストレスも、
その強さの分、
忘れえないほど強い学びになることがあります。
僕にとっては、
「エーちゃん」に抱いた殺意が、そうでした。
 
ストレス解消法を超えた、
浄化・昇華の方法のサンプルとして、
今回は14歳の恨みについてのお話です(笑)

 
事件は、土曜の昼下がりに起こりました。
中学2年生のころ。

サッカーの練習試合の最中に、
全速力でこぼれ球を追いかけていた僕と、
懸命にディフェンスしていた
たっちゃん(身長ほぼ180cm)が正面衝突したんです。

「ドガッッッ!!!」とものすごい音がして、
僕もたっちゃんも吹っ飛びあって(?)倒れ、
みんな騒然となって試合はいったん止まりました。

「っ……まったく息ができない………」

このとき僕、初めて知ったんですが、
強すぎる衝撃や痛みにあうと、
息ができなくてめちゃくちゃ苦しいんですね(涙)

幸い、たっちゃんはすっくと立ち上がりプレイを再開しました。
ぼくのほうは痛みが止まず、足にも力がほとんど入らないので、
水道の水を膝に当てつつ、
やまない痛みに耐えているしかありませんでした。

安静にして1時間ほどたって――
みんなが着替えてもう帰る時間になっても、
全く足の状態が良くなる気配がありません。
仕方がないので、僕は足を引きずって保健室に向かいます。

脚が痛すぎてまったく曲がらないので、
上は学生服、下は体操着のまま、
という革新的なスタイル。
遠目に見たテニス部の子たちがクスクス笑っていました。

そんな僕を、
後ろから走って追いかけてきたのが、
「エーちゃん」です。

「ねぇねぇ、あのさー、
 僕のお父さんが言ってたんだけどさ、
 本当に障害を持っている人とかに申し訳ないから、
 あまり痛い感じを見せないほうがいいよ!」

けっこうきつく、
とがめるような口調で・・・

ええっ????
こっちはマジでまともに歩けないのに?
助けるでも心配するでも様子を聞くでもなく、
そんなこと、言います???

この時のショックとか、
そのすぐ後の、息が止まるような怒りを、
どう表現したら良いのでしょう……

もはや何も言えずにいるぼくを尻目に、
エーちゃんは風のように
走り去っていきました。


「膝の剥離骨折。全治3ヶ月」

結局ぼくは、
ももから足首までをギチギチにギブスで固められて、
松葉杖で学校に通いました。

その間、サッカーは一切できません。

ぶつかった相手のたっちゃんは、
(全く悪くないのに)
「ごめんね……なんか手伝えることがあったら言ってね」と
心配してくれました。
気遣いが、すごく嬉しかった。
 
いっぽう、
学校で偶然すれ違ったエーちゃんは、
正面から1度目が合ったにもかかわらず、
すぐにそっぽを向き、
足早に通り過ぎて行きました。

気まずいのか、
逃げたいのか、
間違いを認めたくないのか、
謝りたくないのか……

彼のそのときの気持ちは分かりません。
でも当時のぼくの気持をそこはかとなく
申し上げると……

「本当に深刻な状態の人だったら申し訳ないから、
 ケガの度合いを知りもせずに、軽いものと勝手に決めつけて、
 『痛い感じを見せないほうがいいよ』だなんて、
 想像力もやさしさも1ミリもないような非道なことは
 もう二度と一生言わないほうがいいよ、
 口とか鼻が同時に裂けても」

というものでした。

でも、
この時のエーちゃんを痛烈な反面教師として、

「痛みというのは驚くほど他人にはわからない」
「見た目や様子で判断できることなんて、ほとんどない」
「事情を知ろうともしない人間には何も言う権利がない」
「知らなければ優しくはなれない」
「知ろうすることからしか優しさは始まらない」

ということを、痛みとともに、
胸に刻んだように思います。


体の痛みでさえこうなのだから、
心の痛みになれば、もっとそう、でしょう。

そして、
他人の痛みはわからないのだから、
せめて余計なことは言わないように。
助けを求められたり力になりたいと思ったりしたときには、
何かを言ったりやったりする前に、
理解しようとすることを先優先に。

この「栄ちゃん濡れ衣事件」を境に、
ぼくはそう考えるようになりました。

逆に言えば、僕の心身の痛みにしたって、
伝える努力をしなければ、誰からも理解されないのが
当たり前ということになります。
 
エーちゃんに関してもそうですが、
こちらがびっくりするようなことを言われたとしても、
悪意を疑う事はやめよう。
配慮が足りない(できない)だけなのかもしれない。
 
「なんてひどい人間だあいつは!」
なんて考えてしまうよりも、
「ひどい気持ちになるようなことをされたけれども、
 あの人は配慮がそこに行かない人(とき)なんだ」
と考えた方が、心の被害はマシなものになります。
 
そして多くの場合、
そちらの方が事実に近いということも、
後になって知りました。
 
まぁ普通に考えて、
「他人を傷つけたくてしょうがないんだ、はぁはぁ・・・」
みたいな人って、そんなに多くないですもんね(笑)

エーちゃんも、
普段はすごく普通の「いい人」でした。

あ、でも、もちろん、
「彼への怒りがもうないの?」と聞かれても
答えは「NO」で、
僕はそれほど善人ではありません(笑)
 
今もし本人に会っても何も思わないでしょうが、
あの時のエーちゃんに感じた怒りはまだ鮮明ですし、
それでいいんだだと思います。
 
誰かの痛みに触れうるようなときに、
その痛みの記憶が、
慎重であれるように心を躾けてくれるからです。
 
多分こんなふうに、強すぎるストレスって、
目に見える見えないに限らず、
学びを風化させない「重し」になることがあるんでしょう。

そうきれいに消化できないことばっかりじゃない。
……それは100も承知ですが、
あの時すごい速度で首を振って顔をそむけたエーちゃんが、
何も感じなかったわけは無い、とも思うのです。


「他人と過去は変えられない」
なんて言いますが、
意外と、そうでもないんじゃないかなぁ。

「他人との関係性」ならいくらでもよくできるし、
その結果「他人の行動や態度」が変わっていくことはある。
「過去そのもの」は変わらなくても、
「過去の意味や価値」に関しては、
いくらでも改善、加工、増産していくことができます。
ひょっとするとそれは、過去そのものが変わるより、
素晴らしいことかも知れない。
 
そう考えたら、
今目の前にあるストレスを見る目も、
少し変わってきたりして。
その「重し」がやがて、
自分を守るブレーキになることがあるからね。
 
過去の意味づけや深掘りは、あとからいくでもできる。
むしろ、時間がたってからのほうが、
土は昔よりやわらかいしスコップは今のほうが鋭いから、
やりやすいね。
 
そんな少し長い目で、
「これは3年後、何の肥やしになるんだろう」
みたいに思えたらいいな、と
改めて噛みしめたのでした。
 
……栄ちゃんへの怒りとともに(笑)
 
 
(この記事は、「月曜から夜更かし」に、たまたま
 エーちゃんと超似た人が映ったことで生まれました)