楽ゆる式◎セルフケア整体

心と体が楽にゆるむコツまとめ。辛い症状や病気を自分で治したい人のヒント。

1番つよくて一生飽きない楽しみ

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「ず~~~っとやりたくてやりたくてしょうがなかったのに、
 頭蓋調整ができなかったんです……。先生のおかげで、
 今日はじめて、できるようになりました!!」

昨日はそんな瞬間に、立ち会うことができました。
ぼくも、とても嬉しかった。
(ウェイブ・フロー・テクニックのセミナーにて)

1番つよく飽きない楽しみは、これなんじゃないか。

 



「上達」

これ自体が、生きがいになる。
他の生きがいを増やしてくれる。
まわりの人を幸せにすることさえある。

「おおお!ついに、できたね!」ってね。

……マジメすぎる?(笑)

でもね、こういう話を聞くと、思い出しませんか?

はじめて自転車に乗れたときの、手が震えるような達成感。
はじめて泳げたときの、胸が浮き立つような喜び。
はじめて二重跳びができたときの、叫びたいほどの興奮。
はじめて流れ星を見つけたときの、目が覚めるような驚き。
はじめて作った炊き込みご飯を食べたときの、世界一感(笑)

きっとあなたにも、
思い出すだけでうれしくなる、
特別な「はじめて」があったはず。

今、例に出したすべてには、
「上達」という要素が、含まれています。


ぼくにはこれらの例に加えて、もうひとつ。
必ず浮かんでくる女の子がいます。

同級生ヒサコちゃん(仮)、当時7才です。
彼女は、逆上がりができなかった。

「たかし君は、ヒサコちゃんが逆上がりできるまで、
 放課後、毎日、手伝ってあげなさい!」
担任の先生の指示です。

ヒサコちゃんはぼくより身長が大きい。
カーネルサンダース的な恰幅のよさ。
体育がきらい。
言うことがきつい。
目もちょっと怖い。
その上終始、イヤイヤだったんです。

……ぼくのほうが何倍もイヤだっつの!(笑)
当時、そんなこと、言えませんでした。

毎日、毎日、居残りです。

ぼくは、なんとか逆上がりができました。
といったって、
何をどう教えていいかなんて、わからない。
ただ「もう一回やってみようよ」の繰り返し。
今思えば、ヒサコちゃんにしたって、
地獄だったでしょう……

そして居残り開始から、1週間。
ついに彼女は、言ったんです。

「こんなことくり返したって、
 できるようになるわけ、ないにか!!(ないじゃん!)」

顔を真っ赤にして。
鬼のような不満顔で。

「あぁ、もう、帰ってドラクエがしたい……」
正直、ぼくの魂だって、そう叫んでいる。

でも、
いつも強気な彼女が、涙を流していたんです。
それを見て、はたと思いました。
「ヒサコちゃんのほうが、ずっと辛いんだろうな」
はじめて、彼女の立場を考えたのかもしれません。
そしたら、次に改めて感じたのは、
「ヒサコちゃんの言うことは、あってる」でした。

こんな(同じこと)をくり返したって、
できるようになるわけがない。
……たしかに、そうだ。

録画したビデオテープを何度も再生するように、
ヒサコちゃんの逆上がりには、変化がありません。
一週間、ずっと同じやり方で、同じ結果でした。
まるでターザンのように、前に向かってジャンプして、
決して両足が天井には向かわない。

……あれ?

前に向かってジャンプするから、ダメなんじゃないか?

試しに、
ぼくがあえてヒサコちゃんのマネをすると、
できるようになっていたはずの逆上がりが、
ぼくもできなくなる。

そうか、こういうことか!

もう一度、自分のやり方で、逆上がりをする。
そしたら、ヒサコちゃんよりずっと奥まで足を運んでから
上に向かってジャンプしていることに、気がつきました。
当時のぼく、大興奮です。

「さっきから、何しとるんけ?」

様子がおかしいぼくを見て、
ヒサコちゃんが声をかけてきました。
もう泣き止んで、少し、表情もやわらいでいます。

「もうちょっと奥の、このへんで、ジャンプしてみよう」

このひとことが、すべてでした。

何度励ましても、イヤな顔しかしないどころか、
「できる人はいいわよね!」なんて皮肉まで言っていた彼女が、
文句も言わずに、鉄棒をにぎりました。

「あっ!」

ヒサコちゃんの体が、少しだけど浮きました。
足が真上に向かって上がり、もう少しのところまで来ている。
ここまでの一週間とは、あきらかに違う。

「……もう一回、やってみる」

本人がそんなこと言ったの、はじめてでした。

「さっきより、強く地面を蹴ってみて」
もしかしたらぼくも、本気で応援しはじめたのは、
このときだったかも知れません。

次の瞬間。

ヒサコちゃんの体がふわりと浮きました。
鉄棒のまわりをクルッとまわって、ドタン!
その着地音は、
体育館を埋めるぐらい大きく聞こえました。

一週間くり返して見てきた映像と、
まったく違った、景色。
一瞬、何が起きたかわからない……

ガバッとこっちを向いたヒサコちゃんは、
いままで見たこともない顔をしていました。
両手を突き上げて、「できたーーーっ!」って、
大声を上げました。

ぼくはドキドキして何と言っていいかわからなくて、
ただ、思い切り力を込めて、拍手をしました。

そんなぼくを見て、ヒサコちゃんは、
「ありがとう……ごめんね」
といって、涙を浮かべました。
多分、ごめんねは「今まで」という意味だったんでしょう。
さっきの涙とは全然違うのは、ぼくにだってわかりました。
でも、そんな彼女を見るのは初めてで、やっぱり何といっていいか
まったくわからないぼくは、
とにかく大きな声で、
「うん!」
とだけ応えました。

次の日から彼女は、体育の授業を休まなくなりました。
みんなが彼女の逆上がりに驚いていて、
照れながらも、とてもうれしそうだった。

あの瞬間、ぼくらはチームでした。
体の奥がビリビリするような、
まともに言葉が出て来ないようなうれしさを、
一緒に味わっていた。

きっとあの逆上がりが、
今のぼくの整体スクールに、つながっています。

「できるようになる」喜び。
「できるようになるのを助ける」喜び。
「一緒にできるようになった」喜び。

特別なものです。



「上達」ほど、よくできた娯楽はない。
趣味と実益をかねている。
誰かが手を貸してくれていたら、
魂が響き合うような感動さえある。

きっと、
スポーツを見て心が震えるのも、
そういう場に立ち会えるからじゃないか。


何か新しいことが、できるようになりたい。
今やっていることを、もっと上手になりたい。
当たり前のことだけど、質を上げてみたい。
同じことを、もっと短い時間で仕上げたい。

歯磨きでも、
洗顔でも、
ヒゲソリでも、
お化粧でも、
髪のセットでも、
歩くことでも、
座ることでも、
呼吸でも、
もちろん仕事でも。
なんでもいい。

「上達遊び」って、いいものだなと思うんです。

意識しないと、全然やらないけれど、
意識さえすれば、今からだって始められる。


じゃあ、何から、手始めにやったらいい?


ぼくが最高の「上達遊び」だと思うのは、
セルフケアです。
こんなに面白く、見返りが大きいものはないから。

もっと気持ちよくできないか。
もっと短時間でできないか。
もっと効かせる場所を好きにできないか。
色んな実験ができます。


ぼくは、そういうことを、手伝いたい。
やっていて、うれしいから。
面白いから。

楽ゆる式って、そんな場です。
そういう「遊び道具」として手にとってもらえたら、
本望です。

そしてそのうち、
「生きること」自体、上達してしまえばいい。
その入り口として、健康は、とてもいいと思うんです。


よかったら、最近好評のこれ↓からでも、
「体遊び」を、やってみて下さい。
前とは違った気持ちでやったら、結果も違うからね。


 

ではでは、くれぐれも、お大事に!
うちの奥さんに「日本一!」と褒められるぼくの
「洗顔フォーム泡立て力」は、いつか、日の目を見るんだろうか。