楽ゆる式◎セルフケア整体

心と体が楽になるコツ。辛い症状・病気を自分で治したい人へのヒント。 ----- by 楽ゆる整体&スクール代表 永井峻

「父の大爆笑」を、はじめて見た日のこと


父は、あまり笑わない人だった。

顔は明石家さんまに似ている。
だのに、驚くほど笑わない。

食事どきも、ほぼしゃべらない。
黙って新聞をよむ。
ダメなことは「ダメだ」とだけ言う(理由の説明は無い)。
巨人が勝ってるときだけ、少し嬉しそうに見える。
怖いときは、超怖い。

だから、父との会話の記憶は、そう多くない。

ただ、
愛車のパジェロに乗せてもらって、
海や山にたくさん連れて行ってもらったのは、よく覚えている。


そんななかで、
たった一度だけ……
父が大爆笑したことがあった。

 


それは、今みたいに、
だいぶん寒くなってきた秋のころ。

9才ぐらいのぼくは、
カマキリが大好きだった。

むしろ、友達がうまくできないあまり、
カマキリしか好きじゃかったぐらいの時期もある。

強い、カッコいい、滅多にいない。

ヒマさえあれば、
空き地や草むらに分け入ってカマキリを探す。
バッタやコオロギはいくらでもいるのに、
カマキリにはなかなか出くわさない。

特にぼくは、
緑色のオオマカキリが目当てだった。


地元の草むらはほぼ制覇した。

知っている範囲の草むらに毎日のように
通ったのに、まったく成果がない。

そこでぼくは、

「これは場所が悪いに違いない
 (ぼくじゃなくて!)」

と思い立ち、父に、
山へ連れてって欲しいとおねだりをした。

頼みごとをするときはすごくドキドキしたが、

「じゃあ、次の休みの日、城山に行こう」

と約束してくれた。
(城山は、超小さい城跡がある、地元の山だ)



楽しみで楽しみで、仕方がない。

休みの日が来るのを待つ。
虫取りアミも虫かごも、しっかり揃えてある。
新しいカマキリを入れるんだから、
水で洗ったりもしてみた。
「その日のためのこと」をするのは、楽しい。

それでも、待っても待っても、まだ休みの日は来ない。

自分でやれることが思いつかなくなったとき、
ぼくはふと「ファーブル昆虫記」を見つけた。

なんだこれ、めっちゃ面白い!

ぼくによく似た人が、こんなところに、いる。
おじさんだけど、昆虫がこんなに好きで、いいんだ……

色んなうれしい思いが浮かんで、
むさぼるように読んだ。

そしたら、衝撃的な情報を見つけた。


「カマキリは、首が弱点だ。
 首の膨らんだところの少し下をはさむように持てば、
 抵抗もできないし、簡単に捕まえられる」


―― そうだったんだ!!


カマキリを見つけたときは、
めっちゃくちゃ嬉しいのと同時に、
ほんとうは、怖い気持ちもあった。

カマではさまれたら、すごく痛い。
逃げられたら残念だけど、
あわてて追いかけて捕まようとしたら、ぼくがやられる。

虫取りアミで捕まえることはできるけど、
そのあと虫かごに入れるときには
自分の手を使うしかない。
またドキドキする闘いがある……


でも、そうか!
そんなときには、首のあそこを持てばいいんだ!!

初めて知った秘密のやり方のおかげで、
怖さは減ったし、
楽しみはますます大きくなった。


当日。

お父さんはパジェロを運転している。
なんとなく、いつもより怖くない。

恐る恐るファーブル昆虫記を読んだ話をしてみると、
「おお、偉いな」といって、
珍しくホメてくれた。

そうか、あれは楽しいことなのに、ホメられるのか!

うれしくなったぼくは、
本で知った「カマキリを捕まえるコツ」について、
早口でいっしょうけんめい、説明した。

なぜかわからないけれど、
お父さんは巨人が勝っているときのような顔で
ぼくの話を聞いてくれた。



山の広場。

大きな空き地が運動場になっている。
いくつかベンチがあって、
その外側は、背の高い草がボーボーだ。

「これはもう、カマキリがいる匂いがする!」

忘れないように
虫取りアミと虫かごをしっかり手にもって、駆け出す。

お父さんはゆっくり後ろを歩いてきて、
ベンチに座っていた。


アリがでかい。
バッタがめちゃくちゃ多い。
飛ぶバッタもたくさんいる!

山はやっぱり、すごい!
うちの近所の草むらとは、ぜんぜん違う。


それなのに。

カマキリが見つからない……。


探すのも最初は楽しかったけど、
あんなにワクワクした気持ちはだんだん静かになって、
足がなんだか重くなってくる。

ここに着いたときは大丈夫だったのに、
少し寒いし、太陽が赤くなってきた。


今日もダメなのか……

家の近くの草むらにも一匹もいなかったし、
もしかしたら、この世にはもう
カマキリなんていないのかも知れない。


「もうそろそろ、帰るぞー」

お父さんの呼ぶ声が聞こえる。

イヤだ……まだ、カマキリが見つかってない。
バッタはいっぱいいたけど、
今日はバッタなんかいらないんだと決めたから、
あんなにピカピカにした虫かごは、空っぽのまま。

そういえば、
お父さんはずっと待っててくれてたのに、
カマキリを見せられないのか……。

鼻のおくが熱くなる。
悔しい。


でも、
これ以上お父さんを待たせるわけにもいかない。

だから、できるだけゆっくり歩く。
せめて見えるだけの景色のなかをぜんぶ見たくて
目にギュッと力を入れて、あいつを探す。


近づいて来たぼくをみて、
お父さんがちょっとうなづいた。

2人で車に向かって歩き出したとき、
ぼくは最後に一度だけ、広場を振り返った。


そのとき、奇跡が起きた。



あいつが、いる……


信じられないながらも、めいいっぱい走る。
近くで見たい。



「いた! お父さん、緑のやつっ!!」



両腕のカマを大きくあげて、こっちをにらみつけている。

でかい!
カッコいい!
ぜったいほしい!
……でも怖い!!

もうあたりは暗いし、時間もない。

うれしさと怖さが同じぐらい大きくて、
息がうまくできない。
耳が大きくなったり小さくなったりしてる感じがする。


どうしよう!

こんなに暗いと、
下手に飛んで逃げられたら、もう見つけらなくなる。


体はカマキリに向けたまま、
顔だけで振りむくと、お父さんはベンチに座っていた。

何か助けてくれるわけでもなく、こっちを見ている。
でも不思議と、
急がなきゃと思うような感じじゃなかった。


少し、勇気が出る。


あ!!


そうだ、お父さんといえば!


来る途中、あんなに聞いてくれた、
「カマキリの弱点」があったんだ!!!


これならいける!



気持ちが強くなったぼくは、
あまり近づき過ぎないように、
カマキリの後ろにまわりこむ。

途中までは両目とカマがぼくのほうを
ずっと向いていたけど、
足音をたてないように一周ぐらいするうちに、
諦めたように、向こうを見た。



―― いまだ!!



なんども思い浮かべた。
あの首の、太いところの、少し下。
ちょうど指がひっかりやすいような、あそこ。

パッとつかみさえすれば
もう大人しくなるって、書いてあった。

そしたら虫かごにいれて、お父さんに見せられる!


口をかんで息をせずに、手をのばす。

気づくな……気づくな……振りむくな……

苦しいぐらいになって、
まわりの音も聞こえなくなったとき、
ぼくの指は、届いた。


カマキリの弱点を、たしかに掴んだ!!


胸のあたりが破裂するかと思うほど
心の中で、よっしゃああああと大声を出した……


そのとき。


オオカマキリのカマは、
有り得ない角度にぐにゃりと伸びて、
ぼくの指を襲った。


ええっ!!

と驚いた一瞬あとには、


「あ、が、いだだだだだだだだだーーーーっ!!!」


自分の叫び声が聞こえた。


目の前で起きたことが、信じられない。
首の後ろにはカマを回せないはずだったのに!!

前にもはさまれたことはあったけど、
そのときの痛みと、ぜんぜん違う。
山のカマキリは、ぜんぜん違う!!


痛みと恐怖でますます胸がドコドコしているけど、
下手にぶん投げでもしたら、逃げられる。

痛い、怖い、胸がくるしい、でも欲しい、
どうしよう!!

手をぶんぶんできないから、

痛いほうの手首を反対の手でギュッっとつかんで、

高くあげる。血をとめたい。

足で地面をたたくようにして、耐える。

変な踊りのようにバタバタもがいていたそのとき、

ぼくの耳に、予期しなかった音が響いた。



「わっはっはっはっはっはっは!!!」


お父さんが、笑っている。

こんな一世一代のピンチに、
あのお父さんが、大声で腹をかかえている。
見たこともない姿だ。


(なんで、助けてくれないんだ!)

一瞬、頭が熱くなるみたいに腹が立つ!

でも、そのすぐあとには、
「そうか……笑うようなことなのか」と思えて、
ぼくは考え直すことができた。

空中で戦っていたカマキリを、
地面にいったん、おろす。

そしたらあいつは、
ぼくの指からカマをほどいて、
走って逃げようとした。


そうはさせない!

ふと目に入ったぼくの指には、
小さな赤い点がいくつもできていた。
流れ出るほどじゃないけど、血がにじんでいる。

あんな痛みは、二度とごめんだ。

ふと思いついて、
カマキリの行き先に、虫かごをササッと置く。
ここに入れてしまえば、こっちのものだ。
危ないこともない。

しかし……
あいつは虫かごの直前で、方向を変える。
なんでだろう、わかるのか。

そうか大きいものを急に出すと、ダメなのか……


諦めきれないぼくは、
とっさにカマキリが進む方向の土のうえに、
今度は自分の手のひらをしいた。

そしたらあいつは、
そのままのスピードで、ぼくの手の平に乗ってきた。


「いまだ!」


あのときぼくは、口に出したんだと思う。


後ろでお父さんが、


「お」


って言ったのが聞こえた。



まだ少し怖いけれど、
カマキリもキョロキョロするだけで、
もうぼくを攻撃しようとはしない。

そうか、ぼくの手を地面だと思ってるからか!

そのままそーーっと虫かごに入れて、
フタを閉じる。


や、やった……!!


フタをしめたあとも、
何度もなんども、虫かごの中のカマキリを見る。

そのたびに、なんどもうれしくなる。

ぼくはそうやって、
何ヶ月もほしかった緑のオオカマキリを、捕まえた。



さっきは何も助けてくれなくて腹が立ったけど、
帰りの車でのお父さんは、
来るときよりもさらに優しくて、楽しそうだった。

「ファーブルの言ったことと、違ったな!
 でも、捕まえたな!」

といって、また大きな声で笑った。


今までカマキリを捕まえたなかで、一番うれしかった。





父は、そういう人だった。

今思えば、
たまにしかない休みを、
あんなに日が暮れるまでぼくに付き合ってくれていた。

手を貸してくれることはなかったけれど、
危ない場所に近づいたときには、必ず声がかかった。

記憶を辿ってみて驚いたことがある。

「カマキリを捕まえに行きたい」
と父に頼んだことは何度もあったけれど、
断られた記憶が……一切ない。

ふと、想像してみる。

週に1度しかない休みの日、
もうけっこう寒い山のなかで、
まだ明るいうちから日が暮れるまで、
9才の子どもの遊びにつきあってあげられるだろうか。

むしろ、
一緒に虫を探すなり自分のことを何かするなりしたほうが
よほどヒマもつぶれるだろうに、
父はそうはしなかった。

ぼくがぼくなり考えたり、やってみたりすることに、
手も口も出さないでいてくれた。

その意味が、今になればよくわかる。

あの体験がぼく自身の経験になるように、
こどもの試行錯誤を、ひたすら尊重してくれたのだろう。


面白いほど、祖母と似ている。

言葉がやさしい人ではなかった。
でも、ぼくを見守ってくれた時間は、
決して並みのものではない。



それからのぼくは、
どんなに強いカマキリでも、
無傷で捕まえられるようになった。

捕まえるのではなく手をしいて「迎え入れる」やり方は、
実際、どんなカマキリにも、有効だった。
(今からでも、どこかの偉い人から表彰されないだろうか)

教科書が正しいとは限らないこともわかったし、
自分で考えたやり方がうまくいったときに
あんなにも嬉しいんだということも、知った。

それらは紛れもなく、
父が、言葉ではないところで、ぼくに教えてくれたことだ。



そして、
あのときはただ必死だったけれど、
今、父の目線であの日のことを思い出せば、
よくわかる。


小さい息子がとにかく真剣で楽しそうで、
目をキラキラさせて本から何か学んだのに
それでもうまくいかなくて……

あきらめかけたところに奇跡がやっと起きたのに
人智をこえたカマキリの野生にやられて、
踊り狂うようにして痛がって叫んでる。

安全とはわかってる範囲での、ド真剣な悲劇。

そりゃあ、微笑ましいのをこえて、
めちゃくちゃ面白いよね……


ぼくも忘れないし、
オヤジもきっと草場の影でも思い出してるだろう、
秋の日のお話でした。



ではでは、今日もお大事に。
思いがけず「親の心子知らず」の1つを解消したような。
こういうことも、ひとつの供養になるかなぁ。