楽ゆる式◎セルフケア整体

心と体が楽になるコツ。辛い症状・病気を自分で治したい人へのヒント。 ----- by 楽ゆる整体&スクール代表 永井峻

「ケン坊」が笹塚に店を出しました


ケン坊は、いつも何かに夢中だった。
ひとつ年下のいとこの彼に、
ぼくはこっそりと憧れていた。すこし嫉妬もあった。

 


小学校になったばかりのころ。
3ヶ月に1度ぐらい、隣町のケン坊の家に遊びに行った。

前の日の夜はそれが楽しみで眠れないから、
行きの車の中ではだいたい寝ている。

「たかし、もう着いたよ」

母の声で目を覚ませば、車のガラスの向こうに
ケン坊の家が見える。
その家から、走ってくるケン坊が見える。
うれしくて一気に目がひらく。
いつも、どこで待ち構えているんだろう、
そういうきのケン坊は、いつも全速力だった。
(そして大抵、半袖半ズボンだった)


今日は何して遊ぼう。

ファミコンか、虫探しか、畑の探検か。
どれもこれもやりたくて、
着いたばかりなのに、時間がない。
ワクワクしてはちきれそうだ。

そんなぼくを嬉しそうに見ながら、
その日のケン坊は急に、

「これ見て!」

という。

彼が手元にもっていたのは、ノートの束だった。

ノートはぼくも学校で使うけれど、
ケン坊のノートはどれも、しわしわだ。
表紙もボロくてやわらかい。
ところどころが鉛筆色で、なんかちょっと汚い。

やりたいことも目白押しだし、あんまり気が進まない。
でも、ケン坊が何かを期待する目で
じっとぼくを見ている。

何の授業のノートだろう?
そう思いながらしぶしぶ表紙を開くと……

絵がビッシリ描いてある。

『ここであったが100万年目!』

セリフも書いてある。


あっ、これ、マンガだ。


この5~6冊もあるノートの束は、
ぜんぶマンガなんだ!!

驚いた。


「ぜんぶケン坊が描いたんけ?
 マジで? マジのマジで!?」


夏休みの宿題で描かされるポスター1枚だって
大変なのに、こんなに重たいノートぜんぶに
絵を描くなんて、信じられない。

正直、ほんとかな?と疑いながら、
ぼくはページをめくる。
ぜんぶのページに、本当にマンガが描いてあるのかな?



あれ?


なんかこれ……


…………面白い。



ウソじゃないかと思って
ただ確かめようとしただけなのに、
どんどんページをめくってしまう。

ボクシングのマンガだった。
強くなりたい男が、ただただ強くなっていく話。

「ジャンプ」で見ている絵とくらべたら、ぜんぜん上手じゃない。
しゃべっているシーンとかはちょっと適当で、
パンチしているシーンはすごく丁寧に描いてある。
ちぐはぐで、読みにくい。
それでも、主人公の男が次にどうなるのか、知りたい。

気がつけば、
5冊もあったノートをぜんぶ読み終わっていた。
ファミコンも虫探しも探検もすっかり忘れたまま、
1時間以上も経っている。

そして驚いたことに、
ぼくがマンガを読んでいる間中ずっと、
ケン坊はその横で、マンガを読んでいるぼくを見ていた。
目が大きくてキラキラしている。

「どうやったけ?」

そう聞かれたぼくは、

「こんなに全部描いて、すごいね」

たしか、
そんなふうに答えたと思う。


でもすぐその後で、

「ここに出てくる必殺技のパンチで、
 体重のっける感じで膝をつきながら殴るやつがあるけど、
 ボクシングでは膝をついたらダウンになるよ?」

と言った。

今思えば、苦言に近い。
これは……こっちは、はっきりと覚えている。

正直言って、嫉妬だった。
反則の話は本当だけど、ぼくにとってのほんとうは、
そんなことじゃない。

なんて男だ……
ぼくには絶対できない。

すご過ぎて、うらやましくて、
胸のなかがせまなくなってドキドキして、
ちゃんとすごいって言えなかった。
そういう自分が、恥ずかしかった。

目を見られないで話しているぼくをよそに、
ケン坊は、

「そうか、たかしくん、ありがとう!!
 違う必殺技を考えるわ!」

と言った。

大きくてよく通るその声が、
ちょっとビクッとなるほど明るくて真っ直ぐで、
ぼくはなんて答えていいか、わからなかった。

その後、
まだ時間はたっぷりあったはずだけど、
何をして遊んだのか、まったく覚えていない。


そういうことが、何度もあった。

ケン坊が夢中になったのは、マンガだけじゃない。

マンガ家のつぎに「なりたい」と言い出したのは、
寿司職人だったり、ラーメン屋だったりした。
(それぞれ「はじめの一歩」や「将太の寿司」の
 影響を、真っ正面からドップリ受けている)

そういうことを言う友達は、ケン坊の他にも、いた。
でもそれを「マジでやりまくる」のは、ケン坊だけだった。

マンガを描きまくる。読みまくる。
寿司を食べまくる。つくってみる。
ラーメンを食べまくる。つくってみる。

ぼくはその度、ケン坊すごいなと思ういっぽうで、
今の自分のままじゃいけないような気分になった。

ケン坊にとっての
「マンガ」や「寿司」や「ラーメン」のようなものを、
ぼくも一刻も早く探したいと願う。
でもそれは、ぼくにはすごく難しいことだった。


そういうぼくの負い目には全く関係なく、
ケン坊はいつもぼくを大歓迎し、
惜しみなく「研究した成果」を見せてくれて、
ぼくが帰るときには最後までイヤがり、
泣きながら、車の後ろを追いかけて来た。

手をふりながら、たまに転んだりしながらも、
そういうきのケン坊は、いつも全速力だった。


今ならわかる。
ぼくの少し暗い嫉妬が、ゆがんだ形にならずに済んだのは、
ケン坊の「そういうところ」のおかげだった。

とてもマネできないような努力と結果を見せながらも、
自慢するようなことは、一秒もない。
ぼくが彼の描いたマンガを読んで喜べば、ただ、その倍ぐらいケン坊は喜ぶ。
こんな遊び方は、他の何とも似ていない。
ケン坊にとってマンガがすごく大事なのはわかるし、
それ以上に、マンガを読むぼくを
大事に思ってくれているのも、わかる。

熱中する対象がマンガでも、
寿司になっても、
ラーメンになっても、
それは変わらなかった。



そんなケン坊も、大人になった。
(信じられないけれど、40才になった)

肉体改造にハマったり、
ヒップホップ(ただしファンションのみ)にハマったり、
国際恋愛にハマったり、
急にオーストラリアに渡ったりするなかで、
紆余曲折は、いろいろあったらしい。

純粋な人だから、ハマりかたが深い分、
挫折も軽いものではなかっただろうと思う。


でも、なぜだろう。

体の心配は、したことがある。
けれど、彼が「たしかなものを見つけるはずだ」
ということについて心配したことは、一度も無かった。


はたして、ケン坊は料理人になった。

日本でけちょんけちょんにしごかれた後に、
オーストラリアで修行した。

フランスでもイタリアでもないところが、すごくケン坊らしいと思う。

オーストタリアは移民の国なだけに食は多彩で、
フレンチもイタリアンも、競争が激しい。
そしてジャンルを飛びこえて、
良いものは何でもとりこむような貪欲さがあるらしい。
そういうところも、すごくケン坊に似合っている。


去年の12月、2022年、冬。

ケン坊が10年以上も思い描きつづけて
ついにオープンしたお店に、招待された。

笹塚駅から、歩いて向かう。
その道中は、思い出すことがたくさんあって忙しかった。

スッキリと小ぎれいなお店につくと、
ケン坊が大きくてきらきらした目を見開いて、迎えてくれる。

(ちなみに彼は、沖縄系ハンサムである。
 先日、サッカー日本代表の「田中碧」に似ていると
 お客さんから言われたと調子に乗っていたけれど、
 ぼくに言わせれば、スペイン代表の「アセンシオ」に近い。
 なんせ料理に反して、顔が濃いのだ。
 ちょうどアセンシオも、顔に反して繊細な技術を持つ達人である)
 
いかにも食通らしいお客さんを相手に、
彼は、富山弁の面影が濃すぎる標準語もどきで、
小粋っぽいトークをしている。

肉の話も魚の話もワインの話もわかりやすくて
めちゃくちゃ面白いのに、垢抜けた感じは全くない。
なんだろうその、奇跡のバランス感は(笑)

それもあるんだろう、
お客さんたちは居心地が良さそうだった。
ケン坊との会話を楽しんでる人もいれば、
ただ静かに目を閉じて料理を噛みしめている人もいる。

そういうお客さんを見るケン坊は、
小学校のあのころと、ハッとするほど変わっていない。
マンガをずっと見ていたぼくをずっと見ていた
あのときのままだった。
うれしそうで楽しそうで、相手が喜んでるかだけを気にしていて、
何を言われても全身全霊で受け止める、顔。

あの顔をしている限り、あいつは大丈夫だ。

その面魂を保ちながら苦労をこえて、
よく、自分の店を持つまでになったなあ……

ぼくにもし弟がいたら、こんな気持ちになったんだろうか。


あ、そうそう、料理については、
カジュアルな「シドニー風のフレンチ」とのことだけど、
そんなこと、ぼくにはわからない(笑)

ただ正直言って、めちゃくちゃ美味かった。

ぼくがもっていたフレンチのイメージとは違って、
味付けや飾り付けはごくシンプル。
魚も肉も野菜も「そのもの」がうまい。

ぼくなりの言い方では「和食っぽい」となるんだけど、
重くないから一口目から食べ終わるまでずっと美味しくて、
いくらでも食える(それは危ない)。


でも、自分でも不思議だと思った。
驚くほど美味しいのに、驚きは別に無い。

あとになって納得した。

ぼくは、あのケン坊なら、
生半可なものを自分の念願の店で出すわけがないと、
当たり前に信じていたらしい。


「ごちそうさま」

いい映画がエンディングまで良かったときのような
満足感をおぼえながら、ぼくはお店を出た。

駅に向かって歩く。
夜はふけているのに、なぜだか、あんまり寒くない。

ふと気になって振り返ると、
ケン坊はまだ店先にいて、こっちを見ていた。

もうお互い40代だ。
さすがに、昔みたいに走り寄っては来ない。
もう泣いたりもしてない(笑)
それでも、半袖の腕をいっぱいに伸ばして、振っている。

ああ、よかったなあ。


ケン坊は、いつも何かに夢中だった。
ひとつ年下のいとこに、
ぼくはこっそりと憧れている。すこし嫉妬もある。


それでも……

ぼくのことではないのだけれど、
つい、夢がひとつ叶った、と思った。



ではでは、今日もお大事に。

ケン坊のお店は渋谷区で、
新宿から京王線で数分の「笹塚駅」から歩いて約5分です。

興味をもった人はぜひ、富山の匂いがふんだんに
詰まったシドニー・フレンチを、お試し下さい。

オープンはめでたいし味は万全ですけど、今どき飲食業は修羅の道。
しかも激戦区です。いつまでお店が続くか、誰にもわかりませんからね、
「応援してやってほしい」という気持ちももちろんありますが、
正直……チャンスは今のうちよ!(笑)

「ビストロ・イズミー」
https://goo.gl/maps/Qb7oEJo1hmFytYef6

「永井さんの紹介で来ました」と伝えたら、
優しさと目力が3割マシ(=つまりアセンシオ)になるかと思います。