
「先生、わたしってすごいゆがんでますよね?」
「骨盤のゆがみが腰痛の原因なんですよね?」
とかってね、
不安そうに聞いてくる人が、
たくさんいます。
うん、気持ちはよくわかる。
「ゆがみ = 悪」っていう情報がいっぱいあって、
ゆがみのチェック法もあふれてるからね。
不安がつのる。
まるで脅されてるみたい。
でも、
ぼくが体の現場で感じているのは、真逆なのよ。
「ゆがみそのもの」より、
「ゆがみを許せないこと」のほうが、
体に悪い。
だって、
ゆがみがあるほうが自然で、
ゆがみがないほうが不自然で、
そんな当たり前を「許せない」のは
もっと不自然だから。
だって、
ネコがもしじぶんの猫背に怒ってたら、
おかしいでしょう?
■そもそも体って、ゆがんでいて当たり前です。
何の症状もない、
むちゃくちゃ健康な子どもたちでも、
左右対称じゃありません。
なんなら赤子でも、そう。
たとえば、肝臓。
体の中で最大の臓器なのに、右側にしかない。
心臓も、左にずれている。
肺だって、右は3つに分かれて、左は2つ。
(心臓のスペースを確保してるから)
胃も左、脾臓も左。
で、虫垂(盲腸になるところ)は右下。
……そんなふうに、
体の中って “もともと非対称” なんです。
これは
欠陥じゃなくて、設計。
非対称だからこそ、
それぞれの臓器がうまくいい位置関係に収まって、
連携して働く。
ちなみに、体の中だけじゃない、
外側の骨格も同じで……
利き手におうじて筋肉のつき方は変わるし、
歩き方の癖で重心も変わる。
「完全に左右対称な人間」のほうが、
実はレアケース……どころか、むしろ存在しない、
くらいの話なんです。
■「ゆがんだまま健康な人」はたくさんいる
あとはこれ、
整体してると、あからさまなんだけどね……
骨盤がめちゃくちゃ傾いていても、
腰痛がまったくない人がいる。
背骨がS字どころかC字に近くなっていても、
元気に動き回ってる人がいる。
逆に、骨格はわりと整っているのに、
慢性的な不調が続いている人もいる。
つまり、
「ゆがみの量」と「不調の量」は、
そんなに比例しないのよね。
じゃあ、何が違うのか?
■「問題」より「問題視」のほうがきつい
ぼくが感じる最大は、
からだとこころの緊張度の違い。
「ゆがんでる、どうしよう」
「このゆがみが全部の原因だ」
「早く治さなきゃ!」
みたいに、ずっと思い続けていると、
体はその焦りや不安に反応する。
身を固める。
心を閉じる。
警戒する。
守るために。
すると、
自律神経が緊張モード(交感神経優位)に入って、
筋肉が硬くなり、
血流が落ちて、
内臓の動きも悪くなる。
……という、恐ろしさ。
「ゆがみ」なら、あくまで、外側の話です。
でも「ゆがみへの不安・緊張」は、内側。
体のなかへのダメージになっちゃう。
そんなの……ゆがみより重いよね笑
■「それはそれで、アリ」
ぼくがすごく好きな言葉。
ゆがみを数えることより、
700倍ぐらい大事なのは、
「あなたの体なりのバランスの取り方」を
認めることです。
それぞれ個性のある形で、
ちゃんと体は成り立ってる。
「それはそれで、アリ」なんだって、
実際にそんなことを、ぼくはよく、
お客さんに伝えます。
それがわかると、表情がホッとゆるむ人が多い。
その瞬間、体の緊張も一緒に抜けていくのが見える。
これ、何かを治したわけじゃないんだけど、
「許す」ことで体がほどけ出すんです。
完璧な対称を目指すより、
「今の自分の体を、そのまま使いこなす」
ことのほうが、ずっと体にやさしい。
つまりまとめると……
●体はもともと非対称にできていて、それが正常
●ゆがんでいても健康な人はたくさんいる
●「ゆがみ」より「ゆがみへの不安・緊張」のほうが
自律神経を乱す(それが内臓とかにかも影響しちゃう)
●「それはそれで、アリ」と思ってみると、
体がほっとしてほぐれ出す
●ゆがみを直すことより、ゆがみを責め続けることを
やめることのほうが、先に・奥に効くことがある
そんなわけでね、
自分の体に「変わらんでいいよ」って伝えてあげるのも、
立派なセルフケアだと思っています。
ではでは、今日もお大事に。
大事にする = 問題をぜんぶ指摘する、
じゃあないもんね。
(これはセラピスト側が肝に銘じるべきことだけどね、
出血するぐらい)