
ぼくは「やっかいな頑固じじい」になりたくない。
うっかりすると自分はそうなりそうだから……怖い。
だから、けっこうよく見るし、つい考える。
素敵な年の重ね方と、そうじゃない老い方と。
そんなぼくの知人に、
認知症になった方が入居する施設を経営してる人がいる。
いわば現場のプロ。
酸いも甘いも、
すごい酸いも、見てきてる。
彼女が先日、教えてくれた。
「認知症になると、今までためて来たものが出ちゃう」
らしい。
たとえば、ずっと我慢してきたこと。
後悔や無念、
自分に禁止してきた欲、
言えずにいた怒り、
向き合えなかった弱さ、
癒やせなかったトラウマ……
そういうのが、出ちゃう。
なぜって「制御がはずれる」から。
すると、
意地悪になったり、
意固地になったり、
攻撃的になったり、
被害妄想が強くでたり、
急にセクハラをしだしたり、
わがまま放題になったり……するらしい。
わかる気がする。
「素敵な年の取り方」をされていると感じる先輩がたは、
そういう“負の蓄積感”が、すごく少ない。
そして、
そういう差は、
40代ぐらいから、
もうけっこう開いているように思える。
怖い。
でもこれは、ちゃんと考えたい。
だって、
未来とか晩年とか老後をよりよくするために、
「今は我慢する」って発想、
どこかでインストールされてるんだもん。
あ、そうか……それが
「欲しがりません、勝つまでは」か。
それが今健康に負担かも知れないだけじゃなくて、
未来にとっても負債になりうるだなんて、
どんな皮肉だろう。
だから、別の価値観を身につけておきたい。
実感しておきたい。
↑とは逆に、
「ほどよく欲しがってきたからこそ、勝てました」
ってケースも、たくさんあるよね。
(勝ち負けじゃあないけれど)
昔よりずっと、
人生が長期戦になってるわけだしね。
何も我慢しないで楽しく生きるのは、むずかしい。
それはしょうがない。
でも、我慢の質は、選びたい。
せめて納得できる我慢を、採用したい。
今を犠牲にして得られる未来より、
今を大事にして得られる未来に光があるなら、
あれこれ工夫してでも、
後者のルートを生きたい。
そう思ったら、
自分の整体がいま、
心とか念もケアする方向に来てるのが、
とてもうれしくなった。
たしかに、
トラウマが癒されたら今すぐ楽になる……
だけじゃない。
未来も老後も、軽く、より素敵なものになる。
「やっかいな老人」になるリスクも、減らせる。
それには幸い、
実感がある。
確信ももてる。
将来、介護してもらうときに
「負担」をかけないために全身脱毛する人が、
増えているらしい(20代でも)。
その気持ちは、ぼくもわかる。
そうやって
身ぎれいにしておくのも大事だと思う。
いっぽうで、
内面の掃除にも、改めて惹かれる。
心のむだ毛こそ、ちゃんと処理しておきたい。
……うん。
未来や老後の自分のためにも、
そのとき自分のまわりにいる大切な人のためにも、
今の自分を、犠牲にしない。
こう思えるのは、
自然で強いモチベーションで、好きです。
そんなわけでね、
年をとっちゃう前に、
心のむだ毛、ちょっとずつ抜いていこう。
(この表現でほんとうによかったんだろうか)