楽ゆる式◎セルフケア整体

心と体が楽にゆるむコツまとめ。辛い症状や病気を自分で治したい人のヒント。

新しい「不幸の原因」

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ランチが1種類しかない定食屋は、ちょっとさみしい。
でも25種類あったら、
「オススメは?」って聞きたくなりませんか?

選ぶの、大変ですからね。

「少なすぎて選べない」は不幸だけど、
「多すぎて選べない」も、実は、同じぐらい不幸です。

この「新しい不幸」は、どうやったら、防げるんでしょうか?

 
つい先日、20代の悩める新人さんたちの研修をしていて、
痛感したんです。
彼らは「選択肢の多さで、不幸になっている」。

【選択肢を自分で絞る力】

爆発的に情報がふえつづける今、
この力が切実に求められている。

なぜ、選択肢が多すぎると、ダメなのか?

● 選ぶためにより多くの情報と思考が必要になる
● 選ぶこと自体がストレス・負担になる
● 「選べなかったもの」への「惜しみ」が強くなる
● 「選んだもの」への責任感、思い入れが弱くなる
● 「いつでも選び直せる」と勘違いしやすくなる
● 「自分は選ぶ側にいる」と無意識に上から目線になる
● 選びきれないことも多いため「保留グセ」がつく

……という傾向があります。

そのため、どうなってしまうか?

○ 自分の頭で考える力が弱くなる
○ 先を読む、相手を読むといった慎重さが育ちにくい
○ いろんなことを「簡単にやめてしまう」ようになる
○ 保留 = 時期を逃す & 人を待たせることが増える○ そのつもりがないのに「偉そう」になる
  (選ぶ側にいるため、上司の助言を「不採用」にしたりする)
○ 指示や納期を正確に守らなくなる
○ 目の前の人、目の前の仕事に対する集中力、真剣みが弱る
○ ↑のすべての結果、会社で適用しにくく、成長が遅い。

こういった傾向が、
20代の5人全員に、共通してみられました。


……これ、怖くないですか?


でも、たしかにな、って思う部分も、あるんです。

だって昔、テレビって家に1個だったでしょう?
チャンネルだって、ぼくの地元では、
「北日本テレビ」か「チューリップテレビ」しかなかった。

でも、兄がいて、いとこが二人いるわけで、
もうそりゃあテレビのリモコンの
【奪い合い】なわけです。

説得する、ダダをこねる、断られる、外に出される、
いじける、自分で遊びを探す、たまに見たいのが見られる、
嬉しいから次は譲ったりする、でもまたケンカする……

不自由といえば、すごく不自由。
でも、だからこそ真剣だった。
知恵を絞って「何とかしようとした」んです。


今はもう、みんなスマホを持っていて、
Youtubeなんかで、見たいときに、見たいものを、
誰にもジャマされず、好きなように楽しめる。
苦労も戦いも工夫も不要で、楽しめてしまう。
「思い通りに行きすぎる」んです、きっと。

これはテレビだけじゃなくて、
何についても言えることでしょう。
限られていたからこそ、育った力がありました。


今、あたかも
「何でも選べるような感じ」がする時代です。
それが、多くの不幸を呼んでいるんじゃないか。

比較、羨望、嫉妬、他者否定、自己否定。

実は「選べることはそう多くない」のにね。
本当に増えたのは「情報ばかり」で、
キラキラしたものは、相応の能力を求めてきますから、
実際の選択肢が増えたわけじゃないですし。

「選べそうに、ディスプレイされているもの」は、多い。
でも「実際には選ぶことが非常に難しい」。
それって、
「超うまそうなものが目の前にあるのに食べられない!」ぶんだけ、
ストレスなんですよね。
「なんだよ、ちっきょー!!」ですから。


Youtuber になって食べていくのなんて、
キャバクラ嬢になって食べていくのなんて、
国家公務員になるよりも難しいかも知れないのにね。

「あたかも選べそうに見える」という怖さ。
「実際は選べなかった」と知ったときの、喪失感。
その喪失感は、そもそも「マボロシの選択肢」がなかったら、
感じなくてよかったはずなのにね。


だからね、ちゃんと選択肢を、絞りましょう。

いろいろあきらめよう、って話ではなくてね。
その逆で、
氣を分散させたら、実るはずのものも、実らないから。
ドン!と大事なところに集中して注ぎ込もうよ、ってね。

ぼくは「3」という数字が、
やっぱりマジックナンバーだと思います。

定食は3種類あれば、ずいぶん楽しく迷えます。
健康法も、いいのが3種類あれば、大切なことは網羅できる。
パスコースが3つあれば、面白いサッカーができる。
大事な人が3人でもいたら、充分、幸せな人生だといえる。

3つに足りないんだったら、増やそう。
3つを超えて多すぎるんだったら、減らそう。

その調整感覚をもっていたら、
これから先、ずっと生きやすくなるんじゃないかなー。


そんなにたくさんのことを見ていけるほど、
ぼくたち、器用にできてないもんね。

そして、その不器用さが与えてくれる豊かさって、
けっこういいもんだぜ……とも、思ってるんです。


※この記事は、↓の記事の続きでした。