「そんなことも知らないの?」
割とよく言われる。
そしてぼくは、
「はい、知らないです」と、平熱で、答える。
彼にとってぼくはつまらないやつなんだろうな。
でも、ぼくにとって彼も、つまらない人かもな。
知識の有無が、そんなに大切だと思わないから。
知識はあくまでも、外にあること。
その人の考えや、動き、暮らし。
中で生きているもののほうが、ぼくにはずっと面白い。
「趣味と言えるほどじゃないんです」
なんて言い方、なくなればいいのに。
まだ下手なうちが一番面白いなんてこと、
いくらでもあるんだし。
「ちゃんとしたもの」しか表に出せないとしたら、
ぼくという人間自体、引きこもるしか無くなる。
せめて、未熟さに素直でありたいなぁ。
「未知」と「無知」は、違う。
「無恥」、つまり恥知らずでなければ、それだけで十分なんじゃないか。
知らない人を知らないだけで責める心のほうが、
ぼく個人の価値観では、無恥に近い。
不自由だとも思う。
高校生のころ、
アメリカに3週間、海外研修に行った。
南部のジョージア州、小さな田舎町。
全身黒ずくめ、髪まで真っ黒に染めたヘヴィメタ女子高生がいた。
彼女の名は、アマンダ。
肌はA4のコピー用紙のように白くて、目は真っ青。
数えきれないほどのピアスを顔中にしていたけど、
底抜けに明るかった。
よく笑う子で、顔と一緒にキラキラとピアスも大移動するから、
物理的にも、明るかった。
先入観があったぼくは、
「音楽が好きなの?」と、つい聞いた。
アマンダは、
「ノー、全然よ」と言う。
「ただやりたい格好が、これなだけよ」
ますます面白い。
「ただ、わたしにも得意なことがあるわ。
みんなにも評判なのよ。
ねえタカ、それが何かわかる?
・・・日本語よ!」
あ、そうなんだ!
「聞いて、あなたにもわかるはずよ」
ニヤリとした、アマンダ。
いたずらっぽいブルーの目でバチリとウインクすると、
花の香りでも楽しむかのように、スーッと息を吸う。
たっぷり間をおいたあと、
カッと目を見開いて、彼女は大空に歌うように言った。
「タニムゥラ、スィンジー!!!」
・・・!
・・・・・・!!
谷村新司かよっ!
そして、あんた、
それ以外、一切日本語、知らないのかよ!!(笑)
つってね。
本当に楽しかった。
ぼくはアマンダが一発で好きになった。
色々教えてあげたくなったけど、
「谷村新司」より面白い日本語なんて、
ぼくには思いつかなかった。
彼女は自由だった。
ぼくにさえ、一瞬で自由を与えた。
なぜって、
「この子になら、自信のない英語で話しても、きっと大丈夫」
って心の底から安心したから。
彼女に未知のことは多いはず。
でも、無知ではないし、無恥でもない。
自由で未熟で、たまらなくチャーミングだった。
ぼくは、なんでも知ってる知の巨人よりも、
アマンダに憧れる。
「そんなことも知らないの?」というより、
「タニムゥラ、スィンジー!!!」
って言いながら、生きたい。
知らないことなんて、一生ある。
むしろ、増えていく。
いいも悪いもなく、ぼくひとりのサイズは、大きくない。
でも、無恥でさえなければ、
それでいいかな。
こだわりよりも、素直さを。
心の中に、アマンダを。
ではでは、くれぐれも、お大事に!
心のどこかには、谷村新司を。