楽ゆる式◎セルフケア整体

心と体が楽になるコツ。辛い症状・病気を自分で治したい人へのヒント。 ----- by 楽ゆる整体&スクール代表 永井峻

サトシくんの「命の値段」

サトシくんの「命の値段」


今日はちょっと、変わったお話。

これからお伝えする「サトシくん」のおかげで、
ぼくは、「命の使い方」を考えました。

こんなときだからこそ、
このお話が役に立つ人、いるんじゃないかな……

 


■ 3つ上の、サトシくん。

サトシくんは、陰のあるイケメン。

スピッツの「草野マサムネ」さんを
若く甘くしたような顔です。

ぼくが中学校のとき、彼は高校生。

好みがやたら渋くて、初めて会ったとき、
長渕剛の「夏祭り」という曲をギターで弾いてくれました。
古い古い歌です。
これが、本当にすごかった。

ギターは「ジャンジャン」と
かき鳴らすものだとしか思ってなかったのに、
彼のは、全然違ったんです。

ピック(三味線でいうバチのようなもの)ではなく、
指を使ってメロディを弾くやり方。

あまりにキレイで、
ぼくは初めて、音楽を聴いて、体が震えました。

サトシくんがいたから、
ぼくはその後、本気でギターを弾くようになります。


ぼくの恩人です。



■ 長渕剛の影響で、インドへ行くサトシくん

サトシくんが大学生のころ。
長渕剛の影響で、彼はインドに行きました。
一人旅です。

「ガンジス」という名曲があって、
その舞台がインドだったのが大きかったんでしょう。

「ガンジス川は、本当に汚い」

「カレーしか食べるものがないし、
 カレーじゃないものを頼んでも、カレー味しかない」

「牛のふんが大量すぎて、道がふさがっているし、
 どこにいても牛のふんの匂いがする」

帰国してから話してくれたインドの話は、文句ばかり。
でも、サトシくんは
真っ黒でテロンテロンな布のズボンをはいています。

インドで買って来たお気に入りのようで、
皮肉を言いながらも、楽しそうでした。


ただ……

「実は1回だけ、危ない目にあった」

と話し始めたとき、
見たこともないような、怖い顔をしていました。


■ のんびりと市場にいたサトシくん。しかし……

当時のインドは、
今よりずっと治安が悪かったようです。

たくさんの人でごった返している市場。
痛いほど熱い太陽。
色んな物売りが声をかけてくる。
中には、服のスソをグイグイ引っ張る子どもたちもいる。

そんな人混みの中を歩いていたとき、
サトシくんは急に、

「セナカ、セナカ」

と声をかけられます。
小さいけどハッキリした声で、
サトシくんだけに聞こえるようにしている。

――なんで背中なんだ?

と思った瞬間、
冷たく尖ったイヤな感触が、背中にあたる。

考えるヒマなんて、ない。
でもこれは、たぶんナイフ……

「ソノママあるけ」

気が付けば、
肌が黒い男たち3人に、両脇と後ろを挟まれている。
両肩をガッシリ掴まれて、背中には、刃物。

一人旅。
あまりの人混みで、まわりは一切、気づいてくれない。

めちゃくちゃ熱いはずなのに、
全身からベットリした汗が出てくる。
さっきまで耳にうるさかった喧噪も、ぼんやり遠い。

胸のどこかが苦しい。
ヤバいことだけはわかる。
でも、何をどう考えていいか、全くわからない。

ただ言われる通りに歩くしかない。


■ 廃ビルの屋上での、サトシくん

どれだけ歩いたのか。
歩かされたのか。

いつしかまわりにも、人通りがほとんどない。

もう使われていないのが明らかな廃ビルに、
サトシくんは連れて行かれました。

外壁も黒ずんで、
ところどころが崩れているビル。
当然、誰もいない。

自分を拘束している黒い男たちは、
途中から、ひとこともしゃべらない。
もくもくと歩く。
階段を登る。
こんなことに、すっかり慣れているのか。

それが、余計に怖い……

「自分を殺しても、別に意味はないだろう」

それぐらいは、考えられる。

「セナカ」と声をかけてきたんだから、
自分が日本人だということは、バレている。

だったら、金か……

そんなもん、ありったけ払おう。
こんなマジで「死ぬ思い」から逃れられるなら、
いくらも払……


いくらでも?


……げ!



そこで、サトシくんは、氷つきます。

市場を冷やかしていただけのサトシくんは、
現金をほとんど持っていなかった。

カードも宿の金庫の中にあるし、
手持ちは……500円。

マジか……少な過ぎる…………

ますます、目の前が真っ暗になる。


「宿に行かないとお金がない」と、言ってみるか?

でも、こんなところまで歩いて来て、
ウソをついていると思われたり、
今さらだと怒られたりするのは、
あまりに怖い。

ちょっとでも間違えたら、生きて帰れない……


ひどく鈍い頭で考えながらも、
4人は、廃ビルの屋上に出ました。


■ 崖っぷちのサトシくん

ワンルームぐらいしかない、狭い屋上。
まわりには、人気ないどころか、
建物さえ、ほとんどない。

「ここでもしサクッと殺されても、
 犯人なんて絶対見つからないんじゃないか……」

頭はにぶいのに、
最悪の想像だけは、次々に浮かぶ。
息が苦しい……

男たちは肩を掴んだまま、
ビックリするほど低い手すりしかない屋上の端まで、
自分を引きずっていく。

―― う……高っ!!

テンパり過ぎていて、
何階まで階段を登ったのかもわからなかったけど、
頭がクラッとするぐらい、高い。

何秒間か、
その地面に向かってグイッと体を突き出されて、
抵抗もできない。

ブルブルと体のふるえが止まらなくなった頃……
初めて、振り向かされる。

日に焼けた顔が見える。
無表情。
ナイフのようだと思っていた尖ったものは、
本当に、ナイフだった。


「アリガネ」

また、小さくはっきりした声で、言われる。


一瞬、何のことか、わからない。

でも、そうか、
アリガネって……有り金か。

とにかく全部出せってことか。


でも、500円しかない。
英語的にも心理的にも、言い訳はできない。
表情のないこの男たちを、
とにかく怒らせるのが怖い……


ポケットから財布を取り出して、
一瞬だけ考えたあと、
祈るような気持ちで、財布をまるごと渡す。
自分の手が震えているのが見える。


「有り金を間違いなく渡すから」という
意味のようでもあるし、
「中を確認する間だけでも、生き延びられる」
という願いのようでもある。


ナイフを持っていた男は、ナイフを構えたまま。
本当に慣れているんだろう。
逃げるスキなんて、まったくない。

他の男の一人が、財布の中身を確認する。
お札をすべて取り出して、数える。
目が見開いている。


……500円しかない。

ここから突き落とされたら、それこそ、
ナイフで刺される以上に、証拠も何も残らない。

もうダメだ、
インドなんて、来なきゃ良かった。


覚悟なんて到底呼べないあきらめを
噛みしめていたとき……

目に飛び込んで来たのは――


「ガッハッハッハ、ガッハッハッハ」

小躍りして喜ぶ、3人の男たち。
見たこともないような(当たり前だけど)、
満面の笑顔。

3人でめちゃくちゃ盛り上がってる。
とにかくうれしそう。

……たった500円で?

多分だけど、これから何を食べに行くかを話してる。
「ガッハッハッハ、ガッハッハッハ」

しまいには、親しげな顔で近づいてきて、
こっちの肩をバシバシ叩く。

親指をグッと突き立て、
「ドモ、アリガト!」

……

…………


それっきり。

男たちは、
ワイワイガヤガヤ盛り上がりながら、
楽しそうに階段を降りていった。


ワケがわからないけど、
――とにかく、死なずに済んだらしい……


一人屋上に残されたサトシくんは、
しばらくそこを動けず、
あおむけに倒れて、空を見ていたそうな。



■ その後のサトシくん

「つまり、俺の命は500円だった」

サトシくんは、そう言って笑いました。

シュールな冗談が好きな男です。
(ニコリともせずにボケを言うタイプ)

よくできた笑い話として、
彼は話してくれたらしい。

その後、ギターで弾いてくれた彼の「ガンジス」は、
本当に良かった……。

特に、歌詞の中にある
「死んだら、灰になるだけさと、笑った」
というフレーズ。

いま、めちゃくちゃ胸に響く(笑)


たしかに、
ホッとしたのもあって、たくさん笑った。

でも、ぼくは、
「なんていい話なんだろう」って、思ったんです。


だって同じ状況だったら、きっと、
ぼくだろうと、
どんなに偉い人だろうと、
「500円の命」だっただろうと思うからです。


■ 「価値や意味なんて、大してない」という気楽さ

サトシくんは、心なしか、
ますますヒョウヒョウとして、
自由なギターを聴かせてくれました。

ぼくは、
命が500円といえば、安すぎるけれど、
でもそれって、すごく気軽だとも思うんです。


「特別な存在になろう」と思うあまり、
今の自分や現状をいたずらに否定して、
不幸になる人……いっぱいいます。
「こんなの、本来の自分じゃない」つってね。

何を隠そう、ぼく自身も、その一人でした。


自分を大事に思えば思うほど、
人生が重たくなっちゃうってこと、
あると思うんです。

サトシくんの話は、その逆。


「かけがえのない自分」を願うことも悪くはないけど。

「どこにでもいる自分」だと知って、
期待し過ぎず、
自分を縛らずに、
「何をしたって自由なんだな」と心を開くのって、
とても健康的だと思ったんです。



■ 「特別」のリスク、「身の丈」のメリット

5,000円の焼き物のお茶碗は、大事なときしか、使えない。
だから、棚の奥にしまってある。

315円だったニトリの茶碗は、遠慮なく使える。
でも手に馴染んで、色も好きで、愛用している。
いつの間にか、思い入れまで出てきた。

前者と後者、
どっちの人生を、行きたいか。
どっちの自分を、生きたいか。


ぼく個人としては、
「世界に一つだけの花」よりも、
「世界中にあるタンポポ」のほうがいいところ、
たくさんあると思ってます。

命をちゃんと使い切れるんじゃないかってね。


■ 半径5mにある「自分なり」の価値

サトシくんのことを思い出したのは、
多分いまが、自粛中だからなんでしょう。

いつもと違って生活に制限があって、
不自由感とともに、生活している。

外出したり、外食したり、旅行したり……
「特別なこと」ができない日々。


でも、日常にある「当たり前」なことの
楽しみ上手になるには、いい時期なんでしょうね。

派手な買い物なんかはできないけれど、
ときと場合によっては、
ひと一人の命、500円で買えるんだから(笑)

狭い中で、
限られた中で、
当たり前の中で、
自分なりの楽しみを見つけられたらいい。


「自分の軽さを笑える」なら、
ぼくらはずっと、自由で強くなれるんじゃないか。


インドのチンピラから見れば、
ぼくもあなたも、500円。
あの谷村新司でさえ、たぶん、500円。

ちょっとそれって、
肩の力が抜ける真実じゃないでしょうか。


ではでは、くれぐれも、お大事に。
価値とか意味を一回捨てると、かえって
いいものができることも、ある。


■追伸:

なぜ「谷村新司」が出てくるかピンと来ない人は、
こちら↓をご参照ください。
彼の偉大さが、よくわかるでしょう(笑)