楽ゆる式◎セルフケア整体

心と体が楽になるコツ。辛い症状・病気を自分で治したい人へのヒント。 ----- by 楽ゆる整体&スクール代表 永井峻

なぜ「自然」は体に良いのか?


自然は体にやさしい。

たとえば……

●きれいなお花を見ると、うれしい
●かわいいネコに、ホワホワいやされる
●森で深呼吸をすると、胸がスッキリする
●ひなたぼっこで、心がとろーんと安らぐ
●涼しい風が、めっちゃ心地いい
●富士山の写真を見たら、背すじが伸びるような気持ちに

そんな、
自然にふれてストレスが抜ける、という体験。
たぶん、実感がありますよね?

こういったいわゆる「自然の浄化作用」には、
どんどん、科学的な裏付けも出て来ています。


でもそれって、なぜなのか?
どうしてぼくらは、自然に癒されるのか。

 



色んな説明はできるんですけどね、
最近めだってきた学説で、すごく面白いと思うのは、
「畏怖」(いふ)なんです。


畏怖。
偉大なものをおそれ、かしこまるような気持ち。


つまり、
超わかりやすくいうと……

●「すっげー!と息をのむようなこと」は、メンタルにいい。

という健康法則なんですよね。

別の研究では、
「畏敬の念」はストレスをかなり緩和する、
という言い方もありました。


ただ、こっからがポイントでね。

「畏怖」とか「畏敬」っていうと、
富士山だとかグランドキャニオンだとか
大木だとか大海原だとか……
「大いなる尊きもの」が浮かぶよね。

でも面白いのは、
それだけじゃないってことなんです。

だってね、
「すっげー!と息をのむようなこと」には、

びっくりするほどきれいに重なっている
マリーゴールドの花びらとか、

どうしてこんなに!
と思うぐらい緻密なアリの巣の構造とか、

肉眼ではまったくわからないけど本当は
めっちゃくっちゃ美しい雪の結晶とかも……

含まれるでしょう?


つまり、
「大いなる尊きもの」だけじゃなくて、
「小さき尊きもの」にも、ぼくらは畏怖を感じるんです。
感じる心をインストールされている、と言ってもいい。

もちろん、好みの問題はあるけどね。
(ぼくは、チンアナゴとかウミウシとかにも
 畏敬の念をおぼえます。それもあって水族館が大好き)


うれしいのは、
「そういうのすべて、めっちゃ心の健康にいいぜ!」
ってことなんです。


たしかにね、
自然とかその息吹とか自然な生き物に触れると、
心がホッコリしたりスッキリしたり
氣力がチャージされるような感覚って、あると思うんです。

たぶん、
うちでつくっている「ハーバリウム」で
えらく元氣になる人がいるのは、
これにも関係しているんでしょう。



じゃあこれ、
心理的にもう少し説明すると、どういう仕組みなのか?

何かに対して
すっげー!と息をのむようなとき、
ぼくらは、
「自分の小ささ」を感じているんです。

もっと噛み砕いていうと、
「謙虚になる」んですよね。ごく自然に。


この「謙虚」が体に良いって、面白くないですか?


自分が小さいということは、
「自分の中にある悩み」の小ささを知れるということ。

自分が小さいということは、
周りにある色んな偉大さに気づけるということ。

自分が小さいということは、
尊大になって忘れていた有り難みを思い出すということ。


そういうことって実は、
「謙虚になろうと頭で思う」ことでは叶いません(バッサリ)。
「つい自然に謙虚になったとき」にだけ、
本当に起きる変化なんだと思うんです。

そして↑に並べたような心理って、
いわば「心を洗われるような体験」であり、
それってつまり〝浄化〟ですよね。

で、そういう浄化が起きるためには、
思考での判断が混ざっている「尊敬」ではちょっと足りなくて、
本能に訴えてくるような
「畏敬」が必要なのでしょう。


ぼくはあちこちで
自然に触れようとか、
お気に入りの神社を見つけようとか、
動画でもいいから好きな自然映像を持っておこうとか
言ってるわけなんですけど、
実はこういう根拠もあったみたいだぜ、と(笑)

あ、ちなみに、
畏敬や畏怖を感じるほど「圧倒的なもの」であれば、
人工物でもストレスに良いみたいです。
(絵とか、音楽とか、ダンスとかね)



あとは最後に、1つだけ。


じゃあ、
1番健康によい「畏怖」の対象って、何か?

ぼくは「人体」だと思うんです。

一番身近なこのボディに畏怖を感じていられたら、
ぼくらはずいぶんストレスにつよく、
謙虚に、
素直に、
すがすがしく、
オープンにいられる。
死ぬまでずっと、ね。
(自分の外側のものへの畏怖って、忘れたり薄れたり
 変わってしまったり、しがちだからね)


そのためには、どうしたらいいか。

自分の体について、
「すっげーー!」
と、思う体験を、増やせばいいんです。


だからぼくは「楽ゆる」なんです。

あまりコネコネいじらない整体で体が良くなれば、
お客さんは、
「私の体って、実はすごいのね」と知ることができる。

楽ですぐできるセルフケアが効いたなら、
「こんなことで変われる潜在能力が、この体にもあるのね」
って、思い知ることができる。

実は、音叉もマグリチューナーも、
最近仕上げた経絡リリースも、ぜんぶ同じでね。

「そんなことでよくなるの?」

と思えたとき、
ぼくらは他でもない、
自分の潜在能力に触れているんです。


それって、
本当はこの世界の偉大さを
ギュッと凝縮したものである我が身に
「畏敬の念」を覚えなおす……

という作業だと思うんです。


そして、
自分の体への畏敬の念は、
自分本人への畏敬、
他人への畏敬へとつながっていき、
それは、簡単にゆらぐことない
「人間へのリスペクト」へと、育っていくはず。

このリスペクト感覚があると無いとでは、
コミュニケーション能力とか人間力とかはもちろんのこと、
人格形成が全く違ってきます。
「人品」のようなものを左右するぐらいでしょう。

(逆に言うと、こういう根元的なリスペクトを
 育めなかった人が、残酷な犯罪とかやれちゃうんだと思う)


山や海や森などをぼくらは「大自然」と呼びます。
そのいっぽうで、
ネコやイヌや鳥やかわうそやオコジョやぼくら自身は、
「小自然」です。


大小の自然をちゃんと大事に思い直せたら、
そりゃあ、生物として健康的なのは、当たり前だよね。

自然治癒力の本質なんて、当たり前だけど「自然」です。
動物脳に根ざしているものです。



そんなわけでね、
「すっげーーー!」と思えるものを、1つ1つ、探そう。

その気持ちの中身は、
「きれい」でも、
「かわいい」でも、
「すっげー」でも、
「美しい」でも、
「よくできてる!」でも、
何でもいいから。


そして「そういうもの」って、
スマホとかパソコンで見るのもよいけど、
「肉眼」や「肉体」で体験すると、
10倍ぐらいイイんだよね。

そしてきっと、ちゃんと探せば、家の近所にもあるよ。


ではでは、今日もお大事に。
これだけを考えても「子どもを自然に触れさせる価値」
って丸わかりです。でも、大人だって同じだからね。