楽ゆる式◎セルフケア整体

心と体が楽になるコツ。辛い症状・病気を自分で治したい人へのヒント。 ----- by 楽ゆる整体&スクール代表 永井峻

ミタニさんの「ゴミ部屋」と、仏壇。

ミタニさんの「ゴミ部屋」と、仏壇。


「足のふみ場が、マジで、ない……」

ぼくが初めて、
ミタニさんの家に行ったのは、
ちょうど息が白くなり始めた頃だった。

 


原付バイクを飛ばしての、出張マッサージ。
「お歳暮のハム」みたいに分厚い手袋をしていても、
寒いものは、寒い。

しかも、時刻はもう、1時。
「冬ってやつぁ、深夜から支配を始めるんだな」などと
言いたくなるほどの凍えかたと、脳のやられ具合(笑)
止まらない鼻水。
顔が冷え過ぎたときの、何ともいえない、キーンとした頭痛。

ぼくは20代後半……
それこそ「ハナタレの見習い」だった。


ピンポーン……

ドアのベルを鳴らしても、返事はない。

「あんちゃんは、そのまま入ってきていいよ」
そうミタニさんから言われてから、
ただ挨拶のように鳴らすだけになった。

今日も、足のふみ場は、ない。
そして外と中の気温が、あんまり変わらない(笑)

もう70歳近いはずのミタニさんが、心配になる。

でも、
「おれは、こたつがあれば、大丈夫なんだ」
彼はいつものように、
お地蔵さんのような静かで優しい顔をするだけで、
とりあってはくれない。

「……あ、あんちゃん、寒いか?
 そうかそうか、そりゃダメだ、ストーブ入れるか?」
って言ってくれるけど、いつも、断っていた。
ぼくならホッカイロで、何とでもなる。


「ゴミ部屋」といっても、
捨てられないものが散らかっているだけで、
ひどい匂いがしたりは、しない。

服や何かの紙、
週刊誌、新聞、焼酎の紙パックなどが、
スキマを埋めるように重なっている。

なんの音もしない。

ミタニさんの人柄が漂っているのか、
もしや、あり余るものたちが音を吸収するのか……
そこはいつも、穏やかで、静かだった。
(そういえば、引っ越ししたばかりの、物がない部屋は、
 音がやけに響くね)

ここだけ、
時間がゆっくりゆっくり、降り積もっているような。
ちょっと、雪のふる富山の夜に、似ている。


ミタニさんは今日も、コタツだ。
歴史の雑誌を読みながら、
うとうとしている。

このコタツと歴史とマッサージの組み合わせが、
ミタニさんの「贅沢」だった。

ぼくはそれを決してジャマしないように、
ミタニさんの肩をほぐし、腰をゆるめる。
あんなに何も話さない接客なんて、他に思い出せない。
……あんなに、
何も話さなくても、居心地がよかった仕事も。


「タクシーの運転は、見た目より、きついよ」

「月に1回だけ、あんちゃんに来てもらうのが、
 おれは、楽しみだ」

たまにしか口を開かない彼の言葉は、
不思議なほど記憶に残っている。


たしかに彼の体は、いつもガチガチに固まっている。
ただ、マッサージをしていくうちに、
素直にやわらかくなってきて、
ミタニさんの「うとうと」が、少しずつ深まる。
やがて「がくがく」になり、
「がっくん、がっくん」に変わっていく。

忘れられない。
そういうときのミタニさんは、
もとから細い目が、ますます細くのびる。
お地蔵さんを通り越して、ネコみたいになる。
ほんとうに幸せそう。

だから、
寒くても、
足場がないほど散らかっていても、
ぼくはミタニさんの家に行くのが好きだった。
(実際、マッサージのしにくさはヘビー級なのだけれど)


そんな彼の部屋にも3つだけ……きれいな場所があった。


1つは、コタツ。
……正確にいうと、コタツのテレビ側の一角だけ。
(他は埋まってる)
そこがミタニさんの定位置だから。

もう1つは、
積み上げられた歴史の雑誌と、そのまわり。
もう読んだ雑誌の束と、
まだ読んでない束が、
だいたい同じぐらいの背丈で並んでいる。

「あんちゃん、
 あの雑誌の山の……左っかわの、
 上から2番目のやつ、取ってくれるか」

そう頼まれたことがあったから、
ミタニさんはきっと「ちゃんとした順番」に並べている。
彼にとって歴史は、特別なものなんだろう。

なんとなくだけど、
その山から1冊を引き抜いて渡すとき、
絶対にこの山を崩さないようにしたいと、思った。
別に崩したって、
怒ったりする人ではないけれど。


最後の1つ。

ミタニさんの部屋の中で、
いちばんきれいな場所は、仏壇だった。

新品かと思うほど、その金色が、ピカピカ。
黒い木の部分に傷はあるから、
かなり前からのものだろう。
それでも、ホコリひとつ、見当たらない。

その仏壇には、1枚だけ、
こちらを向いた写真が立てられている。

お花みたいに、大きな笑顔の女性。
その隣に、まだ白髪じゃないミタニさん。
……40歳ぐらいだろうか。
2人とも、目をニューッと細めて、
ネコのような顔をしている。
その写真もやっぱり、ピカピカに磨かれている。

その仏壇のまわりだけは、
見えないバリアでも張ってあるみたいに、
ゴミも紙クズも週刊誌も新聞も焼酎のパックも、なかった。


――あそこは、ミタニさんの聖域なんだな。

と、思う。


このコタツのミタニさんの定位置だって、
よく考えたら、正面にあるのはテレビだけじゃない。
仏壇がよく見える場所でもある。
仏壇から、よく見える場所でもある。

つい……
仏壇をせっせと磨くミタニさんを、想像してしまう。
他のゴミなんか、そっちのけで。
お地蔵さんみたいな顔で。

もう何十年、そうやって来たんだろう。
もう何十年、そうやって行くんだろう……

そんなことをつい考えてしまったあと、
気持ち良さそうに眠る彼の横顔を見たら、
神様でも仏様でも何でもいいから、
どうか今すぐぼくに最高の整体能力を授けてくれ……と思った。


ミタニさんと話した文字数は、
きっと500文字も行かない。

でもなぜか、
ぼくはあの静かな人が、好きだった。
あのゴミだらけだった部屋……
まるでゴミでさえ存在を許されているような場所に行くと、
気持ちが安らいだ。
彼の声なき歓迎を受け、
ネコのような寝顔を見るたびに、
「誰かにとっての贅沢の1つに数えてもらっている」
という……初めて感じる誇りを、頂いていた。
マッサージを終えた後に手渡される5,000円に、
ズシリとくる重さを、感じた。
「あんちゃん、また頼むな」
のたったひとことに、おなかまで熱くなった。



大切なものだけ、全力で、大切にする。

大切な人を大切にすることは、
現世にいなくたって、できる。

人は、本当に大切にしたものから、
本当に支えられる。


そんなつもりなんて、本人には、ないでしょう。
でもぼくは、ミタニさんと会うたびに……
あの部屋をたずねるたびに、
そう教わっていました。


あんちゃんは、何が大事だ?

大事なもんと、そうじゃないもんを、
ちゃんと区別できてるか?

今大事にしてるものは、
ほんとうに、大事なものか?



こんなふうに寒い時期にバイクに乗ると、
ミタニさんのことを、思い出す。


彼がせっせと仏壇を磨くように、
ぼくはせっせとフライパンを振るって、
奥さんの好物の焼きそばをつくりたい。

寒いときも、
もっと寒いときも、
暖かくなってからも……。


わかってくれる人は、そう多くないかも知れない。

でもぼくの中に、
彼の生きようは、ひとつのお手本として刻まれている。


今はもう出張マッサージをやっていないけれど、
記憶の中のあの部屋は、静かで穏やかで、
何一つ、変わっていない。
ゴミたちも、ミタニさんも、仏壇も。

ぼくは
誰かが「ああいう表情」になれる時間を増やすことを考えて、
この仕事を、続けていけばいい。
腕をひたすら、磨いていけばいい。
大切な1つさえ、忘れなければいい。

彼のことを忘れない限り、
この根っこが揺らぐことは、ないでしょう。
そして、
彼のことを忘れることは、ないでしょう。


とんでもなく無口で穏やかなのに、
冬がくるたびにすごく鮮明に思い出してしまう……
ミタニさんと仏壇の、お話でした。


……ただ、あの部屋の寒さと焼酎だけは、
心配だったなぁ。