楽ゆる式◎セルフケア整体

心と体が楽になるコツ。辛い症状・病気を自分で治したい人へのヒント。 ----- by 楽ゆる整体&スクール代表 永井峻

万年「ビリッケツ」だったぼくの、覚悟の運動会




今日もまた、ビリッケツだった。
本番はもうすぐなのに……

「お前の兄ちゃんは足速いんやから、教えてもらえよ!」

イジわるな顔でそんなことを言われる。
もう……なんにもわかってない。
兄ちゃんにそんなこと、頼めるわけがない。

 


ぼくの兄ちゃんはたしかに足が速い。
いつも一等賞だし、リレーに出るし最後に走る。
しかも一緒に走ってる人たちと
同じ学年には見えないぐらい、大きい。

勉強もできる。友達も多い。
その友達がいつもうちに集まっていて、
ぼくは全然、ドラクエができない。
家ではいじめられてばかりでいいことなんて一つもないのに、
まるでぼくはズルい親分のおかげで
いい目にあってるみたいに言われて、からかわれる。

みんな、なんにもわかってない。

兄ちゃんがいるから、ぼくのダメなところが、
すごく目立つんだ。
それで、ぼくの同級生だけじゃなくて、
兄ちゃんの友達にまでバカにされてしまう。
そんなの、損ばかりじゃないか……


「たかしくんも、小学生になれば背も伸びるし、足も速くなるよ」

先生はそればかり言う。
ぼくは足が速くなる方法を聞いたのに、
やさしいときのような顔をして、
違うことをいう。

いつもは
「なんでも、あきらめちゃダメですよ」
というくせに、
あきらめないための質問に、
どうしてちゃんと答えてくれないんだろう。


だから、運動会が嫌いだった。

いつも通りビリッケツになるだけでもイヤなのに、
それを、
じいちゃんにもばあちゃんにも父さんにも母さんにも見られる。


なんとしてでも、ビリはいやだ。
兄ちゃんみたいに一等じゃなくてもいい。
ただ、せめて、
後ろのほうでカッコわるく目立つのだけはイヤだ。


考える。

先生は教えてくれないし、
家族に聞くのはカッコ悪いから、
自分で考える。

前回は俊足なマサトくんのマネをして
手をパーにして走ってみた。
でも、全然速くならなかった。

手はやっぱりグーにしよう。
腕をもっと大きく振ってみよう。
くつヒモをギュッとつよくしばってみよう。
あと大股にもしてみよう。

ぼくはなんとか作戦を立てる。
これだけたくさん考えれば、
ビリにはならずに終われるだろう。


それでも、
「イヤだイヤだ」と思ってばかりいた。

そしたら……すぐに運動会の日になった。


黄土色のグラウンドが、
知らない人たちで埋まっている。

いつもは広くていい匂いがするこの場所も、
今日は、匂いが違うし、せまい。

「お弁当を楽しみにしてなさい」

なんてことを言われるが、
ぼくにとっては、それどころじゃない。

いつ出番がくるかわからないから、
なんどもなんども靴ひもを結び直す。


ふとグラウンドの真ん中のほうを見れば、
見たこともないスピードで、
小学生の人たちが走っている。

あ、兄ちゃんだ……

めちゃくちゃ速い。
めちゃくちゃでかい。
まるで、先生がひとり混ざってるみたいだ。

スタートは遅れたのに、
どんどん他の人を抜いていく。

そして――

また一等賞だ。

それなのに……ふつうだ。
何にも思ってないような顔。

頭のなかが忙しい。
兄ちゃんのことなんか考えてる場合じゃない。
でも、見ている大人たちが
あんなに大きな声をあげてるのに、
どうして元気じゃないんだろう。
親たちだってほめてくれるし、
ぼくだったら、飛び上がって喜ぶのに。

いつも一等の兄ちゃんも、
もしかしたら、楽しくないのかな……


心の準備なんかぜんぜん間に合わないまま、
ぼくの出番が来た。

ぼくの横には、3人。
だいたい同じぐらいの身長の同級生がいる。

左足を前において、
体を前に傾けて……

「位置について、ヨーイ……」


ぱぁん!


早く終わらせたくてしょうがない、
怖くてイヤなこの時間がはじまる音。
ずっと来ないでほしいような、
でも待っていたような……苦しい音。

ぼくはめいいっぱい、駆け出す。


手をグーにする。
腕を大きく振ってみる。
くつヒモは……何回も結びなおしたんだから、
ばっちりだ。

はしる、はしる。

なぜだか、さっきより土の匂いがきつい。

まわりの景色がよくわからなくなって、
目の前の背中だけが見える。


ひとり。


あれ……ひとりだ?
ぼくの前に、ひとりしかない。

今日はビリッケツじゃない!

……いや、もしかして……

もう少しだけがんばれば、
ぼくも一等賞になれるかも知れない!


さっきまでうるさいほど
見ている人たちの声がしていたのに、
自分の息の音いがい、何にもきこえない。

苦しいけど、いつもと違う。
ぼくはまだもう少しつよく、がんばれる。


そうだ!

大股にするんだった!

ゴールの前の最後にまがるところで、
ぼくは脚を大きく踏み出す。

そしたら、この背中を追いこして、
あの白いテープを、ぼくがはじめて
つかめるかも知れない。


もうちょっと……ほんとうにもうちょっと……



そのとき
思いっきり地面をけろうとした足元は
砂をふんだみたいに柔らかかった。

次の瞬間、
ぼくが見たのは、
白いテープじゃなくて、
黄色い地面だった。


「あー……」


知らない大人の声がする。


前の背中もその向こうの白いテープも見えない。
ぼくは……こけたのか。

またこけたのか!


うしろにいた二人がぼくをよけて
前に行く足音が聞こえる。

もうちょっとで一等だったのに。


イヤだ。
ぜったいにイヤだ!


手でからだを前に運ぶように
思いきり土をけって、起き上がる。

ひとりだけでも抜けたら、
ビリじゃなくなる。


もうちょと……もうちょっと…………



ぼくの出番は、終わった。

みんなそれぞれ、旗のところに向かう。
一等賞、二等賞、三等賞……

ぼくはまた、ビリだった。

半ズボンが汚れている。
ふと見れば、
ひざから血が出ている。
痛い。
さっきまで平気だったのに、痛い。


今回こそは、ビリになりたくなかった。
でも、またダメだった。


「ウウウウウウゥゥゥウーーーーーーン」


ボーっとした頭に、サイレンが響く。
うるさいのに、遠い。

「お昼の時間です! 
 午後の部は、一時からです」

少しガサガサした声が、背中のほうから聞こえる。


みんなそれぞれ、
朝からゴザをしいて待っている
親たちのところに行く。


でもぼくは、まったくお腹がすいてない。

兄ちゃんはまた、褒められているだろう。

今日もビリだったけど、
別にぼくを叱ったりする人はいない。
それはわかっている。
でも、いつもと違う感じでやさしくされるのが、
ぼくは辛かった。
歯に力を入れていれば我慢できるのに、
やさしくされてしまうと、その我慢がとれて、涙が出てしまう。
ぼくは足が遅いぼくのことが嫌いだけど、
そのあと泣いてしまうぼくのことは、もっと嫌いだ。

それがイヤだから、グラウンドのはじにいく。
飲みたくないけど水を飲む。
血みたいな味がする。
灰色の柱のところに、座る。
どうせ半ズボンはもう汚れているから、
どうなったっていい。
膝がひりひりする。
その痛みはなぜか、いまのぼくに
ふさわしいような感じがして、少し心地いい。

さっき目の前で見た地面を思い出す。

あんなに色々考えて、
もう少しだったのに……

もうぼくは、ぼくに何も期待できない。


ふと顔を上げると、
みんなご飯を食べていて、
立っている人がほとんどいない。


むかし、砂場に行くのが
遅れてしまったときと、よく似ている。

あの景色のなかに、入りそびれてしまった。


でも……ひとり。


ぼくのところに向かってくる。
じいちゃんが見える。


あー……


いつも味方でいてくれるじいちゃんにだけは、
またビリになったぼくを、見せたくなかった。

今のぼくは、
どんなふうにどんなことを言われても、
辛そうだ……

ゆっくり近づいてくるじいちゃんを、
少しこわいように思う。
逃げたいけど、それはちょっとできない。

やさしい声で、
なぐさめられたりするんだろうか。

そして今はなんとか我慢していられるのに、
ぼくはまた泣いてしまうんだろうか。

イヤだな……なさけないな……


でも、ぼくのすぐ目の前で
しゃがみこんだじいちゃんは、

「たかちゃん、えらかったな!」

といった。


え?

……なんで?


慰められるだろうと思っていたし、
叱られるようなドジもしたけれど、
褒められるようなことは、なかったはず。

またぼくは、ビリだったんだから。


どうこたえていいかわからないでいるぼくに、
じいちゃんは、はっきり言った。


「たかちゃんは転んだけど、
 起き上がるのがすごく早かった!
 えらかったぞ!」


いつもと、違う。

やさしい小さな声で、なぐさめるような感じじゃない。
声がまっすぐで大きかった。
ぼくの目を見ていた。

そしてじいちゃんが、すごくうれしそうだった。



じいちゃんの顔をじーっと見たあと、
ぼくは、やっと意味がわかった。


あれはあれで……よかったんだ。


またビリだったけど、
いつものビリとは、違うんだ。

悔しくて悔しくてすぐ起き上がったことは、
えらいことなんだ。
じいちゃんが、こんなに喜んでくれることなんだ……

頭にポンっとおかれる手が、重たい。

何をいわれるか、
それで自分がどうなってしまうかわからなくて怖いのは、
終わった。
ホッとした。
それどころか、すごくうれしい。

そんなふうにほめてもらえるとは、夢にも思わなかった。

それなのに、涙がでる。
いつもと違って、ビリじゃないのに。
でも、苦しいやつじゃない。
声を出さないといられないやつじゃない。
ただ、ブレーキが壊れたみたいに、流れつづける。

そのあとじいちゃんは、
ぼくの涙が終わるまでずっと、
頭の上に手を置いてくれていた。

ぼくはほんとうはうれしいのだから、
その手で泣いた顔を隠すことができて、
すごく安心した。

ビリで泣いているのにイヤじゃなかったのは、
はじめてだった。




あのとき、
もし、いつものように慰められてしまっていたら、
もし、自分の時間がないまま迎えに来られてしまっていたら、
もし、あのじいちゃんの言葉じゃなかったら……

たぶんぼくは、
だいぶん違った子ども時代をおくっただろう。
そして、
ぜんぜん違った大人時代をむかえたかも知れない。


今でもぼくに、一等になるような速さはない。
一発でうまくいくような器用さはない。
でも、起き上がる早さなら、ある。
自分で考えたアイディアをしつこく試す粘りもある。
(試しすぎて失敗するところも、やはりあるw)

それはあの日あのグラウンドで、
じいちゃんがぼくに植えてくれた「種」だと思う。


もしぼくが、あの最終コーナーで
「大股にしよう」なんて思わなければ、
ひょっとしたら、一等になっていたかも知れない。

それはそれで褒められただろうし(初の一等だしね)、
そっちの「その後」も、悪くなはかったかも知れない。

でもぼくはこの日のことを、大切に思い出す。
そんな表現は知らなかったけど、
じいちゃんのあの誇らしげな顔を、思い出す。
そのとき初めて味わった誇らしさを、思い出す。

そのころからずっと、
そのおかげでずっと、
ぼくの誇りは、すごいことや速いことには、ない。

一等じゃなくても、
たとえビリでも、
みっともなく転んでも、起き上がればいい。

それだけで、
あんなに心強い顔で喜んでくれる人が、
地球上や天界に、少なくとも一人、いる。

その誇りの置きどころが、
器用でないぼくを、この人生で、
どれだけ助けてきてくれただろう。

「伸び悩むことなんて当たり前だ」と思えることが、
どれだけぼくに余裕をくれたか。

あの日またビリになったグラウンドで、
じいちゃんからもらった種は、
今やぼくを支える大樹になっている。


……その後、
ビリになることを過剰に恐れなくなり、
サッカーもはじめることで、
ぼくの足は少しずつ速くなっていくんだけど……

それはまた、別の話。



ではでは、今日もお大事に。
あのあと食べたばあちゃんの助六寿司は、
この世で一番おいしかった。