楽ゆる式◎セルフケア整体

心と体が楽になるコツ。辛い症状・病気を自分で治したい人へのヒント。 ----- by 楽ゆる整体&スクール代表 永井峻

ばあちゃんと歩いた夜中

f:id:cookyourself111:20220308132432j:plain


子どものころ、
眠れない夜が、怖かった。

「あれ」が始まったのはたぶん、
6才ぐらいの頃だったと思う。

 


べつに、寝付きが悪いわけじゃない。

スヤスヤと寝入っていたはずだから、
ぼくが眠れないで困っていたことを、
ぼく以外、誰も知らなかったはず。


ただ、
寝入ってからしばらくすると……


……


…………



……………… っ!



(息ができない!!)



んんんんんんんん……


怖い!


すごくくるしいのに、
吸うことも吐くこともできない。


苦しいのはわかっているのに、
目が覚めない。
体はどこも動かない。

夢のなかに閉じ込められる。


それまで見ていた夢が
下のほうから「まっくろ」に塗りつぶされていき、
意識がさらに遠いところに落ちそうになる。


怖いこわいこわい!


胸に「せん」でもされたみたいに、
お腹やのどは動くけど、空気がまったく入らない、
出ていかない。


(このままぼくは、死ぬんじゃないか !?)


本気でそう思ったころ、


「……んぐはっ!!
 はぁっ、はあ~~、はぁっ……はぁ~~」

急に目が覚める。


何が起きたのか、わからない。

ものすごくだるくて、心がくらい。
手がピリピリするし、
体が汗でベタベタして気持ち悪い……

ああ、そうか。

これが「かなしばり」というやつか。


小学生のぼくは、
本気でそう思っていた。


「こう」なった夜は、怖くてしょうがない。

かなしばりになったんだから、
部屋のすみや、トイレの向こうの闇に、
「何が隠れていたっておかしくない」。

とはいえ、こんな夜中に、
とうさんやかあさんを起こすわけにもいかない。

だって、
何ていって説明していいか、まったくわからない。
「かなしばり」だなんて、きっと信じてもらえない。


その頃のぼくは、
「8時に寝る」ことがルールだった。

「志村けんのだいじょぶだぁ」が
見たくて見たくてしょうがないのに、
いつも我慢していた。

だから、夜中に起きていたら、怒られてしまう。
でも、寝たらまた「あれ」になるかも知れない。


ヒマで不安で怖くてだるくて心細いけど、
寝るわけにも起きるわけにもいかない。


ぼくは何をどうしていいかわからず、
ただただ、途方にくれる。

助けの求め方がわからないから、
助けてって、言えない。

全身で、ひとりぼっちを感じる。


だからぼくは、眠れない夜が、怖かった。


毎晩ではないけれど、
そんな悩みが、定期的にあった。



○○○



そんなある夜、
ぼくはまた「かなしばり」に襲われた。

少しだけ、慣れては来た。

● 「あれ」が来る日と来ない日がある
● ひどく「来る日」は、くりかえし来る
● 苦しいときほど、大きく呼吸をしようとすると
  もっと苦しくなる
 (※ この知見は整体師になってから役に立った)

など、わかったこともある。

……でも、
あの苦しさや怖さが、なくなったりはしない。


「あれ」が起きた夜、
布団の中は、ぼくにとって「事件現場」だ。

そこにいるのが、イヤでしょうがない。

明日のことを考えると、
すぐにもう一度寝るべきなのは、わかってる。
でも、そんなことをしたら、
いつまた「あれ」が来るか、わからない。


夜中の2時半ぐらいのこと。
ぼくはひとり、台所のイスに座る。

灯りはつけない。
静かに静かに、誰も起こさないように。
家族のために……ということも少しは考えていたと思う。
でも、
「8時に寝てないといけないのに、夜中に起きているのが
 バレたら怒られるに違いない」
という恐怖のほうが、強かった。


……けど、何もすることがない。

やっぱり、
ヒマで不安で怖くてだるくて心細い。

ヒマでじっとしていると、
体のまわりにいる不安が、
皮膚からじりじりと内側に染みこんでくる。


起き出してから、
何分たったんだろう?

あとどれぐらいこうしていたら、
外が明るくなるんだろう?

このどうしようもないひとりぼっちの時間は、
どうやったら終わるのか。


全くわからない。


ただ、ぼんやりと、
興味もない雑誌のカゲだけがのっているテーブルを、
見るともなく、見ている。



ガチャッ!



―― 急に、背中でドアがひらく音がして、
ぼくは、心臓がノドにぶつかったかと思った。

ぬっと現れたカゲ。
顔がまったく見えない。
ただ黒い。

もしかしたら、
これがぼくを「かなしばり」にした霊だろうか?

本気でそんなことを考えたとき……


「たかしか? 寝れんがか?」


あ……

ばあちゃんの声だ。


悪霊じゃないことにホッとする。

……ただ、それも一瞬のことで、
ぼくはすぐに、


(ヤバい、怒られる!)


という、
別の不安に襲われた。


なにせ、
こんな夜中に起きているのを
見つかったことなんて、一度も無い。
ものすごい禁止なことだ。


でも、
次の瞬間にばあちゃんが言ったのは、
意外なことだった。


「温かい服に着替えなさい。
 ちょっと出かけるよ」



○○○


ばあちゃんは、スキのない人だった。

怒られたときに、
一番厳しいのも、ばあちゃんだ。
言い訳をゆるさない威厳があった。

あと、怒るときに、
「コラ!」とか、
「だめっ!」とかではなく、

なぜだか……


「シェイッ!」


と鋭く言う。

氣でできた刃というか、
かまいたち的なものが口から飛び出しそうな強い声。
体がビクッ!とする。
ぼくはあれが、ほんとうに怖かった……


だから、
そんなばあちゃんに、
夜中の3時前に外に連れ出されるのは、
正直ちょっと、不安だった。


怒られる覚悟をかためるぼくをよそに、
ばあちゃんは、何も話さない。

ただ、
ぼくの右手を、
すごくしっかりと握ってくれた。

なんだか落ち着かず、
足元ばかりを見ながら、歩いてしまう。


家から、3分ほど。


少し見晴らしのいい駐車場。

ばあちゃんはそこでようやく、
「上を見てみ」
と、ぼくに声をかけた。



うわぁ……


星がたくさん浮かんでいる。

オリオン座も北斗七星も、
まわりに星がたくさんあるから、うまく探せない。
光をかぞえてもかぞえても、きりがない。

月が、見たこともない場所にいる。

空が黒じゃなくて紺いろに見えるぐらいだ。



「すごいね、ばあちゃん」


とだけ、不安も忘れて
ついつい口にすると、


「すごいやろ」


とだけ、ばあちゃんが答えた。


あんなに明るい夜空を、
ぼくは知らなかった。
(今だって、他には知らない)


かなしばりのせいで、
ずっとハラハラしていた胸が、すっと軽くなる。

胸いっぱいに入ってくるひんやりした空気が、
すこしだけ甘いように感じる。


はっきりと、あのときだった。
ぼくにとって夜が「怖いだけのもの」では、なくなった。


それがうれしくてお腹がホッとして、
ばあちゃんの手があんまり暖かいから、
目のまえに散りばめられた星が、あっという間ににじむ。
光がぼやけて、星たちがもっと大きく見える。
今まで体験したことのない、
目がかっと熱くなるような涙だった。

恥ずかしくて声は出さないようにしたけれど、
鼻水がズビズビもれてしまう。
こんなときに「泣かないの!」って怒られるのはイヤだし、
慰められたりしたら、もっと泣いてしまう。

ばあちゃんは、何も言わないでいてくれた。
ただ、ほんの少しだけ、
手をつよく握ってくれた。


そのあと、
どれぐらい2人で、あの空を見ていたのか。

ずいぶん長くそこにいたような気もするし、
体が冷える前に帰ったような気もする。
覚えていない。

ただ、
あの手の暖かさは、いつまでも、
ぼくの手のひらに残った。

実際に交わした言葉は、
ほんの2~3個ぐらいだったと思う。
でも、あんなにばあちゃんを近くに
感じたのは初めてだった。

どうしてだろう、説明はできない。
でも、家に2人で帰ったあとのぼくは、
不安や怖さなんてちっともなく、ぐっすり眠った。

かなしばりは、一切、やって来なかった。


朝起きたら、ばあちゃんがいる。
いつもみたいにスーパーのチラシを広げて、
もやしをむしっている。

何も変わらない景色。

ぼくは嬉しいような照れくさいような
抱きつきたいような気持ちをどうしていいか
わからなくて、

「ばあちゃん、おはよう!」

と、いつもより大きな声で、言った。

ばあちゃんはもやしをむしる手を止めることなく、
ちょっとだけニヤりとして、

「ん……」

とうなづいた。


夜のことは、ぼくも言わない。
ばあちゃんも、言わない。

でもぼくは、ばあちゃんのおかげで、
眠れない夜の怖さを、乗り越えた。
それを、ばあちゃんも、知っている。

言わないけれど、知っている。

それが、とてもうれしかった。


○○○

祖母は、そういう人だった。

お世辞にも、言葉がやさしい人では、ない。
でも、肝心なときに、
やさしいことをしてくれる人だった。


ぼくはそれ以来、
眠れない夜を「ただ怖がる」のを、やめた。

もし本当に困ったときは、
ばあちゃんが助けてくるかも知れない。
それに、次からは、
ぼくがひとりでも、ばあちゃんがしてくれたように、
ちょっとだけお散歩に出れば、大丈夫かも知れない。
もしもそれが夜中に見つかったとしても、
ばあちゃんは決して叱ったりしない。


今のぼくには、わかる。
あれは「かなしばり」ではなく、
無呼吸症候群だった。

でも、そんな病名なんか知らなくても、
孤独じゃなくなったぼくは、
次々に「対策」を生み出した。
新しく、わかったことがどんどん増えた。

● 横向きに寝れば「あれ」が来ることはほとんどない
● 眠れないと思ったら、いったん起きたほうがいい
● 夜にも怖くないところがたくさんある
●「いざとなったらどうするか」がわかれば、怖くなくなる


そうやってぼくは、
「かなしばりの夜」を克服した。

言葉で教わったわけじゃない。
でも、あの夜、大事なことをぼくに教えたのは、
ばあちゃんだった。


やさしいことを言わないやさしい人も、いる。


一番怖かった「ひとりぼっち」を溶かしたのは、
そういう人の、手だった。
ただ一緒に夜を歩いて
一緒に星を見てくれた無言の時間だった。


どんなに距離や時間が遠く離れても、
ぼくがあの手の温度をうしなうことはない。
ぼくがまた夜を怖がることも、ない。


なんの音もしなくなった富山の夜をみていたら、
ついそんなことを思い出しましたとさ。