楽ゆる式◎セルフケア整体

心と体が楽になるコツ。辛い症状・病気を自分で治したい人へのヒント。 ----- by 楽ゆる整体&スクール代表 永井峻

ぼくが迷子を〝完全克服〟できた理由



「夢遊病」というものが、あるらしい。

ある日、テレビで、見てしまった。

やさしそうな顔のおじいちゃんが、
寝ぼけたまま、外に出てしまう。
フラフラ、フラフラ……

夜中なのに!

おじいちゃんの不在に気づいた家族が、
大騒ぎになる。


「またか!」


……あれ……また、なの?

 


「どこかで事故にでも遭うかも知れない
 急いで近所を探そう」

そういって、
おばあちゃんやお父さんやお母さんたちが、
必死の形相で、真っ暗ななかを、探し回る。


ようやく見つかったおじいちゃんは、
「自分でもよくわらかない場所」にいた。
迷子のような状態。
ボケてるわけじゃない。
でも、帰り道がわからない。
近くに公衆電話もない。
青白い街灯もポツポツとまばらで、
途方に暮れていた。

家族が見つけてくれたとき、
そのおじいちゃんは、
「ごめんな、ごめんな……」とくり返しながら、
少し安心したような、
でももっともっと強く申し訳ないような顔をしている。


そういう再現VTRだった。


むゆうびょう。



……もしかしたら、
ぼくも「それ」かも知れない。


「かけ算」をようやく覚えた頃のぼくにとって、
その恐怖は、手でさわれるみたいに、リアルだった。


自分が知っている場所へは、行ける。
こわくない。
知っている場所を広げる方法も、わかった。
そのエリアでは、迷子の心配はない。


(※このあたりの経緯は、過去記事をご参照ください。
 今回の記事は↓これのつづきです)
「臆病な5才児」の小さな冒険 ~そのまま40才児に続く~
https://www.rakuyuru.jp/entry/2022/01/18/182841 )


――ただ、もし、
「いきなり知らない場所で目が覚めたら」
迷子どころの騒ぎじゃ、ない。


どうしてって、
ぼくは寝ているときに、
自分で自分をちゃんと動かせないときがあるから。
(このころは「睡眠時無呼吸症候群」のことなぞ知らなかった)

あの「かなしばり」のときに、
もしも知らないところまで行ってしまったら……
ぼくはあのおじいちゃんみたいに、なる。
家族もぼくを探せない。


そしたら、どうしよう……


夜中で真っ暗で寒くて食べるものもなくて
でも眠たくて真っ直ぐ歩けなくて田んぼに落っこちたりして
ドロにはまったり足をくじいたりして
腹ぺこのまま死んでしまうかも知れない。


そう思うと、ますます夜が怖くなった。


今日の夜、
「あれ」が来るかも知れない。

そしたら、どうしよう……

そしたら、どうしよう……




迷子で怖いのは、もう克服したと思っていた。
でも、そうじゃなかった。

「知っている場所」が増えてただけで、
「知らない場所」でのぼくは、てんで弱いままだった。

隣町のショッピングセンターでは、
親から1メールとして離れない。
キョロキョロすると見失うから、
まわりがどんなに賑やかでも、
できるだけよそ見をしない。
あるとき同級生から「金魚のフン」と呼ばれたが、
そんなことを恥ずかしがっている余裕なぞ、無いのである。


「このままじゃいけない」とは、思う。
ただ、どうしたらいいか、
自分では全くわからなかった。

夜のかなしばりは、いつ来るかもわからない。
夢遊病にだって、なっちゃうかも知れない。
知らない場所を無くすのも、きっと、隣町まではやれない。

どうしたらいいかわからない悩みは、
とても重たかった。



でも、そんなぼくにも、転機が来た。

ある日のこと。

「社会科体験として、電車に乗ってきなさい」

小学校の担任の先生から、
そういう指令が出た。


……えっ?


ひ、ひとりで?


ぼくからすれば、そんなの、
とんでもないミッション・インポッシブル。
自ら危険のなかに飛び込んでいくようなことだ。

教室にあるすべてのものの色が、急に薄くなる。
胸がドクドクして、少しくるしい。

目をギュッと閉じて、必死で考える。

どうしたらいいんだろう、どうしたら……

絶望するぼくの頭に、
先生の言葉がのしかかる。

「証拠として、駅員さんに切ってもらった切符を
 もらって来なさい。ワケは話してあるから」


……ああ、逃げ道も、ないのか。



ぼくは途方に暮れる。
だいたいいつもそうだけど、
今回も暮れた。
暮れに暮れた。

いやだいやだ、なんでだなんでだ、
もし電車に乗った先で迷子になったら、
もし反対方向の電車に乗っちゃったら、
もし全く知らない土地で間違って降りちゃったら……

そしたら、どうしよう。


夢遊病なら気がついて迷子になってからが怖いけど、
自分から迷子になるようなことをしたら、
迷子になるまでもずっと怖い分、もっと怖いじゃないか!


しかし、
お気楽なリーダー、シンヤくんは、
誰よりも早くこの課題をこなした。

「富山市までいって、このジーパン買って来たぞ」

得意げになって、自慢している。

なんて男だ。
自慢するだけのことはある。

ジーパンなんて何もうらやましくはない。
正直ぼくはトレパンのほうが好きだ。
でも、富山市まで一人で行けるし、
服屋さんまで行ってこられるシンヤくんの勇気は、途方も無い。

なんて男だ……


彼のようになりたい、という気持ちと、
彼のようになるのは到底ムリだという気持ちが
どっちもあるけど、
ムリだと思うほうがだいぶん強い。

何より、ぼくは、ジーパンはいらない。


あれこれ考えた末、ぼくは決意した。


「切符さえ、持ち帰ればいいのだ」



日曜の朝だったと思う。
時間がたっぷりあって、
万が一何かがあっても外が明るければ、マシだから。

お母さんから預かったサイフを
握りしてしめて、ぼくは駅に向かった。

お金はたくさんある。

「いざとなったときに、お金には余裕があったほうがいい」

といって、
ぼくが一人で出かけるとき、
お母さんはいつも、
多めのお金を渡してくれた。
サッカーの試合で遠出をするときもそうだった。

だから今日も、
食べものや飲みものに困ることはない。
餓死の心配はいらない。


駅は、なんとなく見たことがある。
でも、自分で切符を買うのは初めてだった。

なんという言葉で話しかけていいかわからず、
窓口の前で、立ち止まってしまう。

あ、でも、切符だって買い物だから、
駄菓子屋さんと同じでいいのかも知れない。


「……き、切符をください」


緊張する。
ガラスをたくさんの親指ぐらいの丸でくり抜いたような
変な仕切りもあるから、
やたらと大きな声になってしまった。
恥ずかしい。
こんな言い方で、良かったんだろうか。


すると、
小走りで走ってきてくれた駅員さんは、
ぼくをみて、ニッコリ笑った。

『よく来たね、どこまで行くの?』

ぼくと同じぐらい大きな声で、こたえてくれる。
うれしい。

そこの空間に変に一つだけ浮かんでいたぼくの大声が、
おじさんの声に拾われて、目立たなくなる。

励まされるような気持ちで、
ぼくは、昨日までずっと考えてきたことを伝えた。

「一番近い駅です!」


(ん?)
というような顔を一瞬した後、
おじさんはコクンコクンとうなづいて、
またニッコリ笑った。

『じゃあ、20分後ぐらいに隣の駅に行く電車があるから、
 それにしようか。往復切符がいいね』



切符は、自分で買えた。

120円もするなんて、
週のお小遣いがほとんど無くなるほどだ。
楽しいことなんて何もないのに。

それでも、おじさんは優しかった。
往復切符というものも、初めて教えてもらった。
帰ってくることを約束されたみたいで、
少しだけホッとする。


20分なんてヒマをつぶすのが大変だと思った。
けど、いつもは見ないものを置いている売店を見たり、
切符がなくなってないかポッケを探ったり、
念のためトイレにいったり、
切符がなくなってないかまたポッケを探ったりしていたら、
あっと言う間に、電車が来た。

『あの電車だよー!』

さっきの駅員さんが、呼びに来てくれた。


はじめて一人で、電車に乗り込む。

慎重に片足ずつ、ステップにあがる。
それを足でちゃんとたしかめたあと、
お礼が言いたくて振り向いたら、
おじさんはまだずっと優しい顔のまま立っている。

『電車を降りたら、その反対側が、
 帰りの電車だからね!』

少し早口で、教えてくれた。

「あ……ありがとうございました!」

言葉の後半は、
ドアにさえぎられた。

でも、
おじさんはもっと顔をくしゃっとさせて、
手を振ってくれている。

電車が動いておじさんが見えなくなると、
なんでかちょっと、目がにじんだ。


はじめて会うのに、
こんなに優しい人がいるのか。
もしこういう人が世界中の50メートルに一人ぐらいいてくれたら、
どこにだって行けるかも知れない。

そんなことを考えながら、窓の外をみる。

知っている建物がいくつか見えたすぐそのあと、
目に見える風景から、知っているものは1つも無くなった。

そう思ったけど、
景色の半分をうめている田んぼの黄色や立山の白色は、
どうしてか、ずっと見ていたくなるものだった。


「エ、ニュウゼンエキー、ニュウゼンエキー、
 ヒラクドアニ、ゴチュウイクダサーイ」

カエルみたいな声が、聞こえる。

あんな声になるなんて、よほど体調が悪いのかな?
駅員さんはいい人が多いみたいだから、心配だな……

5分ぐらいガタンゴトン揺られた後、
ぼくは隣町のホームに出た。


プルルルルルルルーーーーー!

毎回びくっとなってしまう大きな音を出して、
ぼくが乗ってきた電車は、もっと先のほうに
走って行く。


どこを見ても、知らないものばかり。

さっきまで見えていた立山も、
白くてでかい工場のせいで、もう見えない。

車でだったらこの町に来たことはあるし、
親戚のケンちゃんの家もあるはずだけど、
電車で来たことなんかない。

不安になる。

キョロキョロと駅員さんを探すけれど、
見えるところには、一人もいなかった。

ぐずぐずしているうちに、
一緒に降りた人たちもみんないなくなって、
シーンとしている。

きゅっと喉のあたりがせまくなる。


迷子のときと、似ている……


何の音もしないし誰もいないことが
怖くなってくる。
どうしたらいいんだ?

親はいないし、駅員さんもいない。

嫌な汗がぞわぞわ出て来るのを感じた、
そのとき、
ぼくはハッと思いついて、ポケットを探った。

そこには、
「入善 → 泊」と書かれた、
帰りの切符があった。

その切符を見ていると、

『電車を降りたら、その反対側が、
 帰りの電車だからね!』

別れ際に教えてくれた、
あの駅員さんの言葉を思い出した。



そうか。

そうしたらいいんだ!



反対側のベンチに座る。
改札にも行かない。
もう誰も探さない。
ただ、帰りの電車を待つ。

そうすれば、何も危ないことは増えない。


しかし……


ヒマだ。
少し不安だ。
ヒマで不安だ。

電車のくるほうを見るが、まだ何の気配もない。
ずっと遠くのほうまで、線路が続いている。
あんなに長いものを、どうやってつくったのか。
空を見る。
すごく青い。
その青さがどうしてか、うれしくない。
電車がくるほうを見る。
クツの紐をしばり直す。
ギュッときつくすると、何かが少し、いい。
電車のくるほうを見る。
反対側のクツの紐も、ギュッとする。
電車はまだ来ない。
雲が駅の屋根の左はじから右はじまで行くのを眺める。
電車のほうを見る。


「こんなに来ないもんなのかな……」

少し気持ちが
ざわざわしてきたころだった。


トン、トン、トン、トン。

足音がして、
知らないお姉さんがホームとホームをまたぐ
階段をおりてくる。
伏し目がちに歩いて来て、ぼくの近くに座った。
制服を着ている。

じーーーーっと見てしまった。
それがイヤだったかも知れない。


……でも、そうか!
こっち側は帰りの電車だから、
きっと、ぼくと同じ電車を待っているんだ。

うれしくなって、つい、

「あの……電車は来ますか?」

と聞いてしまった。


お姉さんはちょっとビクッっとなった後で
ぼくの顔を見て、少しだけ止まった。

変なときにジャマをしちゃったかなと
気が重くなりかけたけど、

彼女はパッと時計を見て、

『そうだね、あと7分ぐらいで来るよ』

と教えてくれた。


勇気が出た。

このお姉さんは友達ではないけれど、
ぼくは一人ぼっちじゃなくなった。

それはこの人のおかげだと思うと、
ありがたくって、しょうがない。

それでとっさに、


「ありがとうございました!!」


……また、急に言ってしまった。

さっきみたいに、
変に驚かせてしまうかも知れない。


でも、今度は、違った。

目を少しだけ大きくしたお姉さんだったけど、
ちょっと考えるふうにしたあとで、

『えっと……どういたしまして。』

小さく、笑ってくれた。


ぼくはおなかが熱くなって、
そのあとは、電車のほうばかり見ていた。




ガタンゴトン、ガタンゴトン……


本当に、電車が来た!

ここに来たときの電車と
ほとんど同じに見えるけれど、
走ってきた先にぼくの駅があるのはわかる。

チラッとぼくのほうを気にしてくれた
お姉さんの後ろから、
ぼくも電車に乗りこむ。

さっきと同じほうの窓を見たら、
さっきも見てた白い立山が見える。
巻き戻しみたいだ。

さっき見たときも面白かったけど、
2回目にみると、安心する。

知っているところに帰っているのがわかる。

帰りの電車は、ずっと早く着いた。


降り際、さっきのお姉さんがいた。
ぼくの駅では、まだ降りないらしい。

なんか言いたいけど、
なんて言っていいか、わからない。
でも、こっちに気づいたお姉さんが
小さく手を振ってくれた。
だからぼくも、めいいっぱい、手を振った。


電車を降りる。

プルルルルルルルーーーーーといって、
ぼくを降ろした電車が、また別のところに向かう。

うん、なんかちょっと、慣れてきた。


改札の向こうには、知っている駅前が見える。

ぼくは帰りの切符を取り出し、
駅員さんに渡す。
あのおじさんだ!

何も言わなくても、
ガチンと穴をあけたあとの切符を差し出してくれる。
そっか、わかってくれてたんだ……

『おつかれさま!』

ずっとニコニコしてたおじさんが、
今まで一番、ニコニコしていた。


初めて言われた言葉に
ちょっとヘンな感じするけど、
何か大事なことをひとつ、
ちゃんと終わらせられたような気がした。



ぼくは結局、隣駅では、何もしなかった。
ジーパンはおろか、お菓子も買わなかった。
改札から出ることさえなかった。

ただ電車にのり、
ホームに降り立ち、
そのホームの反対側から帰ってきた。

隣町での移動距離は、10メートル未満だろう。


でもぼくの興奮は、すごかった。


すごく優しいおじさんがいた!
最初は優しく見えなかったけど本当は優しいお姉さんもいた!
二人とも、ぼくなりに考えた言葉を伝えたら、
ちゃんと考えて、言葉を返してくれた。

そういう人が、
初めて行く場所で初めて会っても、いるんだ……。


知らないものに囲まれた隣町のホームは、
迷子とほとんど同じ感じだった。

でも、帰りの切符があって、
帰り方がわかっていたら、平気だった。
(平気というのは言い過ぎだけど、大丈夫だった)


そうか。



ぼくはその興奮のまま、気がついた。


迷子の怖さを克服するために、今までは、
「知っている範囲」を広げてきた。
そのおかげで安心できる場所は増えた。

でも、「知らないところ」は、怖いままだった。


ただ、今回、
ぼくが見つけたことは、もっといいことだ。

たとえ
「全く知らないところ」だとしても、
そこにも必ず、駅はある。

駅と駅は、電車で必ずつながっている。

だったら、方向さえ間違えなければ、
ぼくは「知らないところ」からでも、
自分の駅まで、帰って来られる!
そこから後は「知っているところ」だ。

それはきっと、
富山県じゃなくても……
ひょっとしたら日本じゃなくても、同じかも知れない。

「知らないところ」だって、
必ず「知っているところ」とつながっているんだ。


そしたらぼくは、もう、
何もできなくて絶望するような迷子には、
ならないでいられる!




……そうやってぼくは、迷子を克服した。


普通の子だったら、
ほとんど困難もないような、社会科体験だろうに……
これほど感動し、かつ、救われた小学生が、
他にいるだろうか(笑)


ぼくが本当に怖かったのは、
「知らないところ」ではなかった。

「そしたら、どうしよう」がわからない状況が、
怖いだけだった。

だから、
「帰りの切符」が、あればいい。



この実感は、
40歳児となった今でも、ぼくの根幹にある。

帰りの切符とは、要するに、
「最悪を想定した避難方法」のことだ。


独立をしたときも、それは心にあった。
最悪、出張マッサージに戻ればいい。

初めてセミナーを開催したときも、考えていた。
最悪、無料で伝え直しをしたらいい。

初めての出版でも、頭のどこかには、あった。
赤字がもし出たら、その分を弁償したらいい。


そして、本当に困ったとき、
何とかしたい思いでそれを正直に伝えたら、
助けようとしくれる人は、意外といる。

それは実際、
アメリカでも横浜でもタイでも東京でもイタリアでもカナダでも、
同じだった。

怖い人も冷たい人もいる。
でも、そうじゃない人もいる。
冷たく見えるだけで、やさしい人もいる。


ぼくはきっと今後も、知らないことに挑戦していく。
帰りの切符を、ポケットの中で握りしめて。

挫折することはあっても、迷子にはならないだろう。

それが、今思っても、うれしい。


ではでは今日も、お大事に。
家族を大事にしたり家を掃除したりして
幸福度が上がる人が多いのは、
「帰る場所」が充実するから……かもね。